第146話 聖騎士団長フロリアン

 あっ、そうだ。明日からもジムに通うんだから、しばらくは、冒険者としての依頼を受ける余裕はなさそうだな。


 それとも、ジムに通うのを隔日にして、その合間合間に依頼をこなすか。


 うーん、どうしようかな。

 そんなことを考えているうちに、宿に到着した。


 おや、俺たちの部屋の前に、誰かがいる。

 俺の背筋に、鋭い緊張が走った。


 銀色の鎧。

 聖騎士だ。


 イングリッドではない。


 男。

 年齢は、二十代の半ばくらいか。


 レニエルより、やや薄い色素の、金色の髪。

 身長は、180cmを少し超えた程度。


 精悍な顔つきの、青年だ。


 聖騎士が、俺たちの部屋を訪ねてくる理由は、二つしか思いつかない。


 一つは、魔法通信で(現代社会でいうところの、電話のようなものである)、一方的に聖騎士を辞めたイングリッドに対し、辞意を撤回するよう進言しに来たか。


 そしてもう一つは、死んだはずのリモール王国第二王子レニエルが生きていることを知り、とどめを刺しに来たか。


 部屋の前に立ち尽くしているところを見る限り、レニエルもイングリッドも、まだ帰って来ていないようだ。


 ……少し、探りを入れてみるか。

 俺は、なるべく友好的で、にこやかな笑みを作り、青年に声をかける。


「あの、そこ、私の部屋なんですけど、何か御用ですか?」


 よし。

 グッド。

 百点満点の笑顔と挨拶だ。


 いつもなら『そこ、俺の部屋だけど、なんか用かよ』と言うところだが、これなら警戒されまい。

 青年はこちらに向き直り、丁寧に頭を下げ、口を開く。


「突然の訪問、お許しください。私はリモール王国聖騎士団長、フロリアン・ルーウィーズと申します」


 驚きに、小さく叫びそうになるが、なんとか喉元でそれをこらえる。


 聖騎士団長とは、これまた、とんでもない大物がやって来たものだ。

 俺は、なんと返答してよいか分からず、聖騎士団長――フロリアンが、次に何を言うのかを待ち構えた。


「ここが、あなたの部屋ということは、あなたは、レニエル様と一緒に暮らしておられるのですか?」


 今の言葉で、こいつが何のためにやって来たのか、十中八九わかった。


 なんらかの方法で、レニエルがここにいるのを突き止め、大層にも、聖騎士団長様が直々に始末しに来たってわけか。


 許せねえ。

 レニエルは今、やっと自分の人生を歩き始めたばっかりだ。

 お前らなんかに殺させてたまるかよ。


 しかし、参ったな。

 どんな方法かは分からないが、宿の一室を特定するくらいだから、適当に口八丁でごまかそうったって、そうはいかないだろう。


 現在、午後三時過ぎ。

 もう少しで、レニエルもここに帰ってくるはずだ。


 どうする。

 今なら油断しているだろうし、不意打ちで魔法を食らわせるか?


 いや、駄目だな。

 聖騎士団長というくらいだから、恐らくあのイングリッドよりも強いのだろう。

 俺が使える程度の魔法が通じるとは思えない。


 どうする。

 ここから逃げて、途中でレニエルを見つけて、アルモットを離れるか。


 いやいやいやいや、よく考えたら俺、図書館の正確な場所、覚えてないし、何より、今まさにレニエルが帰路についていたら、行き違いになりかねない。


 どうする。

 そろそろ、イングリッドが戻ってくる。


 彼女は、俺と一緒に、フロリアンと戦ってくれるだろうか。


 ……きっと戦ってくれるだろう。

 イングリッドにとって、フロリアンはかつての上司なわけだが、それでも、子供を暗殺しに来た男を許すような女じゃない。


 よし決めた。

 イングリッドが戻ってくるまで、適当に時間を稼いでやる。


 まずは泣き落としだ。

 このフロリアンという青年、見た目は誠実そうだし、案外効果があるかもしれない。

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