第145話 地獄のトレーニング

 俺も一階で、のんびりマイペースのトレーニングを……っと、待て待て。

 格闘技を習いに来たのに、楽しいフィットネスをしてどうする。


 俺は、ふるふると首を左右に振り、『格闘技クラスを希望する』と申込書に書き込んで、マルコスに手渡した。


「はい、お預かりいたします。ええっと、ナナ・リーさん……ご職業は、へえ、冒険者ですか」

「はあ、まあ、一応……」


 申込書には、姓名を分けて書く必要があった。

 適当な名字が、急には思いつかなかったので、『ナナリー』を二つに分けて、『ナナ・リー』と書き込んでおいた。


「なるほど、冒険者は荒事も多いお仕事ですからね、それで、格闘技を習おうというわけですね」

「はあ、まあ、そんな感じです」

「うちの格闘技クラスは、他と比べてかなり厳しいですけど、無駄を排した、科学的かつ合理的な指導をおこないますから、効果のほどは保証しますよ。二週間も通えば、ずぶの素人でも、一通りの戦闘技術を学んだ『闘士』となることができます」


 へえ。

 たった二週間で。

 そりゃ凄い。


 こちらとしても、あまり長々とジムに通い詰める気はないので、短期集中で鍛え上げてくれると非常に助かる。


「それじゃ、その、今日から早速、指導してもらいたいんですけど」

「わかりました。運動できる服は、持ってきていますか」

「あ、はい、一応」


 イングリッドとの決闘時に借りた、あのトレーニング着を、ちょいと拝借してきたのだ。

 これが一番頑丈で動きやすいから、格闘技の練習にはぴったりだろう。


「やる気充分で、いいですね。それでは、二階に行きましょうか」

「うす」


 かくして、俺の格闘技修業が始まった。



 午後三時。

 俺は、へろへろのふらふらになりながら、這う這うの体で帰路についている。


『うちの格闘技クラスは、他と比べてかなり厳しい』

 そう述べたマルコスの言葉には、大きな間違いがあった。


 かなり厳しいだって?

 あの練習は、厳しいなんてレベルじゃないぞ。


 ほとんど拷問だ。

 女だろうと、容赦なしである。


 確かに、科学的かつ合理的に、『何故このトレーニングをする必要があるのか』は解説してくれるのだが、その習得方法がきつすぎる。


 お手本通りの正しい動きができるまで、とにかく徹底的な反復練習あるのみなのだ。

 しかも、ちょっとでも失敗したり、集中を欠くと、尻を竹刀でひっぱたかれる。


 休憩時間は、ない。


 ジム専属の回復魔導師がいて、こちらの動きが鈍ってくると、疲れた体を無理やり魔法で回復させて、ひたすらトレーニングをさせ続けるのだ。


『二週間で、ずぶの素人が闘士になれる』だって?

『二週間の間、逃げ出さなければ、ずぶの素人が闘士になれる』の間違いだろう?


 ……しかしまあ、朝八時から今まで、みっちり七時間も濃密なトレーニングをし、たった一日で、かなり強くなった実感がある。


 これを後13日間続ければ、俺も相当に成長することができるだろう。


 明日からも地獄のトレーニングが続くことを考えると少々憂鬱だが、未来の自分を救うためだと思って、ここは頑張るしかないな。


 それにしても、疲れた。


 いや、肉体の疲労そのものは、優秀な回復魔導師の手によってほぼ完璧に治癒されているのだが、なんていうか、精神的にめちゃくちゃ疲れた。


 せっかくの休日だ、宿に帰って、あとはのんびりゴロゴロと過ごそう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る