第132話 鉄拳がくる

『足を使って、相手に攻撃をさせず、隙を見てこちらの攻撃を当てていく。これがアウトボクシングだよ』


『そういう専門用語はあんまり教えてくれなくていいです。覚えられないし』


『もう、教え甲斐がないなあ。まあいいよ。今度は、今と同じ動きに、右のパンチも追加するよ。タイミングは僕が教えるから、言うとおりにやってみて』


『はーい』


 その時、ピジャンがジャンプするように、俺に向かって飛翔してきた。

 速い。

 先程までの、タタタタッという無造作な走りより、数段速い。

 軽いジャブとはいえ、一発顔に入れられて、頭にきたのだろう。


 来る。

 鉄拳が。

 身をかわす時間はない。


 どうする。

 どうすればいい。

 アーニャ。


 駄目だ、間に合わない。

 結局俺は、さっきそうしたのと同じように、単純に両腕を交差させ、ピジャンの剛拳をブロックした。


 ぐううぅぅぅっ。

 いってぇぇぇっ。


 腕が、ジーンと痺れ、体ごと、大きく吹っ飛ばされる。

 しかし、おかげで再び、ピジャンとの間に距離を取ることができた。


『ナイスガード。でも、これ以上ブロックはしない方がいいね。いかに水晶輝竜のガントレットを身に着けていても、あれだけのパンチ、馬鹿正直に腕で受けていたら、骨がおかしくなるよ』


『言われなくても、俺だって受けたくなかったよ。なんで、さっきどうすればいいか聞いた時、何も答えてくれなかったんだよ。防御の方法とか、教えてくれると思ってたのに』


『防御技術は、攻撃技術より習得が難しいの。とっさにああしろこうしろって言ったって、すぐにできるわけないじゃない。下手な口出しをして集中力を低下させるくらいなら、黙ってた方がいいと思ったの』


 うっ。

 おっしゃるとおりである。


 今まさに拳が目の前に迫った段階で、新しい防御技術の習得など、できるはずがない。

 事実、余計なことを考えずに、ピジャンの拳を防ぐことのみに集中したから、腕を交差させるだけの単純な防御方法とはいえ、致命傷を防ぐことができたのだ。


『さあ、ねてないで、さっきの続きだよ。構えて、ステップを刻んで』

『べ、別に拗ねてないし……』


 ええっと、左拳を前、右拳は顎の側……だったな。

 そうやって構えを確認している最中に、再びピジャンが飛んできた。


 馬鹿め。

 さっきはいきなりのスピードアップだったから驚いたが、二度もそんな急襲が通用してたまるか。


 俺はステップを使って、ピジャンの左側面に回り込む。

 よし、ここでジャブを打つんだったな。


 パシュンッ。


 少々情けない音と共に、俺の左拳がピジャンのこめかみのあたりを叩く。

 先程よりも手の伸びが足りなかったのか、あんまり手ごたえがない。

 こんなもの、ステップを使って何発当てたところで、とてもダメージなど……


『ほら、休まない! 右のパンチも使えって、さっき言ったでしょ! 今だよ! 左拳を当てたところに、間髪入れずに打ち込んで!』


 鋭くそう言われ、俺は考える間もなく、右拳を握り締めた。

 右拳は、前に出していた左拳より遠い位置にあるので、間髪入れずに打ち込むためには、思い切り腰を回して、右腕を突き出さなければいけない。


 ちょっと、難しいな。

 でも、なんとかできた。


 その時、ガツーンという重たい手ごたえが、俺の右腕から肩にかけてまで広がった。右拳が、ピジャンのこめかみに思いっきり突き刺さり、そのまま彼女の体を10メートルはぶっとばしたのである。


 俺は、唖然として自分の右拳を見つめる。

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