第128話 水晶輝竜

水晶輝竜すいしょうきりゅうって知ってる?』


『いや。でもなんか強そう』


『そう、強いの。水晶に似た美しい皮膚を持ち、その体は、あらゆる刃や魔法をはじき、その牙は、どんな金属をも噛み砕く、最強クラスのドラゴンだよ。まあ、古代種だから、今はもう絶滅しちゃってるんだけどね。そのガントレットは、僕のご主人様が、水晶輝竜の皮膚と牙を加工して作ったものなの』


『そうなのか、確かに、こりゃ防御力が高そうだ。これで、無理にかわさなくても、ピジャンの爪をガードできるぞ』


『凄いのは防御力だけじゃないよ』


『どういうことだ?』


『ふふ、まあ、そこは実際に相手を攻撃してみてのお楽しみってことで』


 なんじゃそりゃ。

 まあいいさ。

 これで、なんとかピジャンと戦えそうだ。


 俺は、拳を持ち上げ、真正面からピジャンと向かい合う。

 ピジャンは、いきなり変化した俺の両腕を、好奇心溢れる瞳で見つめていた。


「なにそれなにそれー! かっこいいー! そんなの、どこに隠してたのー?」

「知りたい?」

「うん! うん!」

「教えない。それっ!」


 何度もピジャンに『おしえなーい』とからかわれたことに対する意趣返しのようにそう言うと、俺は右のパンチを繰り出す。

 先手必勝だ。

 そして、パンチを打った俺自身が、驚く。


 こりゃ軽い。

 かなりでかいガントレットなのに、何もつけてないみたいだ。

 いや、それどころか、腕がやたらと軽い。

 いつもより、軽いくらいだ。

 軽やかに突き出された俺の拳は、油断していたピジャンの顔面を直撃する。


 凄い、音がした。

 擬音で表現するなら『ボグシャッ』

 あるいは『ベギュシッ』

 そんな感じだ。


 木材の板が、何枚か、一度に潰れるような、鈍い音と感触。

 ピジャンは身体ごと、数メートルは後ろにぶっ飛んで、ダウンした。

 嘘だろ。

 何だこの威力。

 ヘビー級のボクサーだって、こんなパンチ打てんぞ。

 再び、アーニャの自慢げな声が響く。


『どう? 驚いた? その水晶輝竜のガントレットには、僕のご主人様が時間をかけて、かかる重力を軽くする魔法をかけてあるから、何もつけてないときよりも、腕が軽く感じたでしょ。本当ならそれ、片方だけでも100kgはあるんだよ』


『た、確かに軽かった。でも、それより、当たったときの凄いパンチ力の方が驚いたぞ』


『ふふっ。重力自体は軽くなるように魔法が掛けられてるけど、なんと、攻撃が当たった相手には、元々の重量――つまり、100kgの打撃が、もろに伝わるようにできてるんだって。どういう理屈か分からないけど、凄いよね』


『な、なんてヤバイ武器だ。しかし、こんな武器を作れるなんて、お前のご主人様、何者なんだよいったい』


『だからそれは……』


『はいはい、言えないんだろ。分かってますよ。しかし、100kgの重さの拳が、風のようなスピードで直撃したら、さすがのピジャンも、死んじゃったかな』


 なんだか、急に罪悪感が湧いてきた。


 冷酷で身勝手な奴だったが、振る舞いそのものは無邪気であり、子供のようだった。顔も可愛らしかったし、その顔面を、この拳で叩き潰したと思うと、少し心が痛む。


『あれ、人間じゃないから、そんな簡単に死なないよ。ほら、見て』


 言われて、ダウンしたままのピジャンを見る。

 彼女は、休日の朝、たっぷり10時間眠った後のように、うーんと背伸びをして、のそのそ起き上がろうとしていた。驚いたことに、頬のところが多少腫れている程度で、顔面に大した損傷はない。


 不死身か、こいつ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る