第127話 逃げるべき?
『ねえ、こうなったらさ。逃げた方がいいんじゃない?』
またアーニャが心の中に話しかけてくる。
俺は、返事をせずに、少し考えた。
逃げる……か。
ピジャンをぶっ飛ばしてやりたいのはやまやまだが、戦う手段がない以上、今は逃げるのが最善の策だろう。
しかし、どうやらそれは不可能であることに、すぐ気がつく。
『ピジャンの光石』のおかげで明るいこの窪地から、一歩でも出れば、暗い夜の闇、そして、ぬかるんだ湿地が広がっている。視界の悪い中、正確な道筋を選び、沼や水草に足も取られず逃げるなど、どう考えても不可能だ。
やはり、戦うしかない。
俺は、地面を見る。
この際、石ころでもいいから、転がってないだろうか。
素手に比べれば、ずっとマシな武器になる。
『ねえ』
くそっ、ないな。
木の枝でも、なんでもいいんだ。
武器の代わりになる物を……
『ねえってば』
『なんだよ! うるせーな! 今、武器の代わりになるものを探してんだから、邪魔すんなよ!』
『武器、貸してあげようか? 凄いやつ』
『えっ』
それは、今の俺にとって、素晴らしく魅力的な提案だった。
何しろ、石ころや木の枝を探して、目の前の恐るべき敵と戦おうとしていたのだ。アーニャの言う通り、凄い武器が貸してもらえるのなら、犬の鳴きまねだってしてもいいくらいだ。
しかし、あの邪鬼眼の術者に借りを作ることになるという事実に、どうしても返事をためらってしまう。
『そんなこと言ってる場合じゃないと思うけどな。まあ、僕はどっちでもいいよ。ご主人様には、一応きみが死なないように、危機的状況では手助けしてやれって言われてるけど、助けを断られて死んじゃったなら、仕方ないことだしね』
『だから、いったい何者なんだよ、そのご主人様は……』
『それは秘密ってさっき言ったでしょ。さあ、どうする? 武器を借りるの? 借りないの?』
心中で会話を続ける間も、ピジャンの爪は休みなく俺の急所を狙ってくる。
一度かわし、二度かわし、三度かわしたところで、俺は早くも疲労を実感した。
くそっ、自分のスタミナの無さが、うらめしい。
このままかわし続けるのは、不可能だ。
俺は、心を決めた。
『……わかった。貸してくれ、とびきりの武器を』
情けないが、今はこの、得体の知れない女に助けを乞うしかない。
先程の、体が半分に裂かれるような痛みと苦しみで、心の底から思い知ったが、俺の命は、俺だけのものではないのだ。
俺が死ねば、レニエルも死ぬ。
邪鬼眼の術者に借りを作りたくないなどという、くだらないプライドなどクソくらえだ。
『それでいいと思うよ。人間、死んじゃったらおしまいだしね。それに、実際きみが死んだら、たぶん僕もご主人様に怒られるだろうし』
『なあ、会話はいいから、早く武器をくれよ。このままじゃ……』
『もうあげたよ。両手を見てごらん』
言われて、自分の両手を見る。
おおっ、なにこれ?
水晶?
肘から先、ガントレットみたいに、水晶がびっしりついてる。
指先にもだ。
かなり硬そうなのに、何故か伸縮性があり、指の曲げ伸ばしが柔軟にできる。
驚く俺の反応がお気に召したのか、アーニャは自慢げに語りだした。
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