第125話 救世主の名は

 ジガルガ!

 起きてくれたのか!

 頼もしさと安堵感に、瞳から涙がこぼれそうになる。


 口を開いて返事をしようとするが、もう、息も絶え絶えで、上手く言葉が出てこない。酸欠で、頭の中に文字を思い浮かべるのすら容易ではなく、俺は意識を失いつつあった。


『あっ、とりあえず、今の状態を回復させてあげるね。よいしょ……ほら、これでどう?』


 体の芯から、温かな感覚が広がっていく。

 ああ、気持ちいい。

 楽だ。


 落ち着いて、呼吸ができる。

 なんだ?

 いったい、何をしてくれたんだ?


『きみと魂を共有しているレニエルくんとの間に、目には見えない、長いパイプを通したんだよ』


『パイプ?』


『あ、パイプより、長~い紐の方が、イメージとして正しいかも。まあ、どっちにしても、つまりはね、離れてしまったきみとレニエルくんの魂を、不思議な力で繋げたってことなんだ。これでもう、長い距離を離れていても、命を失うことはないよ。でも、どっちかが死んじゃうと、もう片方も死んじゃうのは変わらないから、そこは気をつけてね』


『そんなことできるのか!? やっぱ凄いな、ジガルガは! いやあ、頼もしいぜ、まったく、お前がいなきゃ……』


 そこまで言って、やっと冷静さを取り戻した俺は、気がついた。

 心の中に響いてくる声と喋り方が、ジガルガとは似ても似つかないことに。


 ……誰だこいつ?

 知らない女の声だ。

 声は、おかしそうに笑いだす。


『やだな。そんなに訝しげな顔しないでよ。それに、危ないところを助けてあげたんだから、ひとまずはお礼くらい言ってほしいな』

『あ、ああ。そりゃそうだな。誰だか知らないけど、ありがとう。助かったよ、本当に』

『ふふ、どういたしまして』

『で、誰なんだ、あんた?』

『知りたい?』

『そりゃそうだよ!』

『でも、僕の正体を知ったら、きみ、きっと怒ると思うなあ』

『怒りゃしないよ、命の恩人なんだから』

『そう? じゃあ教えてあげる』

『うんうん』

『きみたちが、邪鬼眼の術者って呼んでる、いや~な奴がいるでしょ』

『ああ』

『それが僕』


 ……は?

 なんだって?

 邪鬼眼の術者だと?


『おい、冗談きついぞ』

『冗談じゃないってば。ちなみに、名前はアーニャ、よろしくね』

『そうか。じゃあ聞くけど、アーニャ。なんで邪鬼眼の術を使って俺に嫌がらせをしてきたお前が、俺を助けるんだ?』

『まあ、当然の疑問だよね。その質問に対する答えは、たった一つ。どっちも、僕のご主人様の命令だから』

『命令だって? いのちにかかわる嫌がらせをしたり、かと思えば瀕死の俺を助けたり、お前のご主人様、頭おかしいのか?』


 頭の中に、アーニャの楽しそうな笑いが響く。


『あははっ、ハッキリ言うね。まあ、一般人の感覚ではかれるような人じゃないのは確かかな』

『なんだそりゃ。いったいどこの誰なんだよ、そいつはよ』

『ごめんね。それは言えないんだ』

『はぁ?』

『僕は言ってもいいんじゃないかなって思うけど、ご主人様は秘密にしておきたいんだって』

『秘密にして、何か得があるのかよ。そいつ、俺の知ってる奴か?』

『ひ・み・つ』


 あ゛ぁー!

 もう!

 こいつといい、ピジャンといい、イライラする野郎ばっかりだ!


『僕、野郎じゃないよ。女の子だよ』

『やかましい! それくらい声聞けば分かるわ!』

『ねえ』

『なんだよ!』

『襲ってくるみたいだよ。ほら、正面』


 言われて、俺は前を見る。

 あと1メートルの距離まで、ピジャンが迫っていた。

 鋭い爪が、俺の喉を狙っている。

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