第120話 ある人

「そんな、規模の小さな問題じゃないわ。……この集落の人たちが、イハーデンと通商を始めた時から、私は『ある人』の命令で彼らに近寄って、監視をしていた。イハーデンに興味津々なふりをしてね。でも、商人さんたちと話すうち、だんだん、本当にイハーデンに興味が出て、少しずつ憧れるようになった。だから、『あの人』は、怒って……私に……」


 そこで、ソゥラは言葉に詰まった。

 話の先を聞きたくて、俺は、彼女に問いかける。


「誰だよ、その『ある人』って。まさか、ウーフじゃないよな」


「兄さんは、スーリアの同胞を疑ったり、監視したりしないわ。ああ見えて、凄く純粋な人だもの。なんだかんだ言って、あなたたちイハーデンの人にも親切だったでしょ?」


「そうだな。じゃあ、誰なんだ? その『ある人』ってのは」


「どうして、知りたいんですか? こう言っては何だけど、依頼料も受け取ったのだし、こんな未開の地での事件なんて放っておけばいいじゃないですか。これ以上知りたがると、あなたたちも、『調和を乱す者』だと認定されかねないわ。悪いことは言わないから、今日のことはすべて忘れて、イハーデンに帰った方がいい」


 それはまるで、教師が聞き分けのない生徒をさとすような言い方だった。

 彼女なりに、俺たちのことを気遣ってくれているのかもしれない。


 しかし、ここで『はい、そうですね』と素直に従うほど、俺も良い子ちゃんじゃない。燃やされた集落の人たちのためにも、どうしても真相を明らかにしなければならない。


 それに、ソゥラの言う『ある人』の正体に対する、多少の好奇心もあった。


 俺は、ゴクリと唾を飲み込み、『真相を知るまで、帰るつもりはないよ』と言おうとした。


 だが、言えなかった。

 口を開こうとしたその刹那、間の抜けた大きな声が、響いてきたからだ。


「駄目だよー、ソゥラー。このお姉ちゃんたち、帰るつもり、さらさらないみたいー。やっぱり、排除しなきゃー」


 聞き覚えのある、声。


 いつの間に姿を現したのか、ソゥラの背後に、あの白い少女が立っていた。夜の闇の中、淡い月明かりに照らされた彼女の白い肌は、昼間見た時より、遥かに神秘的に感じる。


 ソゥラが驚き、白い少女を説得するように、言った。


「でも、ピジャン様。この人たちは、核心については何も知らないわ。別に、排除しなくたって……」

「駄目駄目ー、お姉ちゃんたち、正義感と好奇心のかたまりー、全部を知るまで、絶対あきらめないー、もう、排除するしかないー」


 白い少女――ピジャンの言葉には、間が抜けていながらも、有無を言わせぬ凄味があった。


 ソゥラは、叱られた犬のように目を伏せ、もう何も言わなかった。

 代わりに、俺が質問する。


「ソゥラちゃん。きみが言ってた『ある人』ってのは、この子――ピジャンのことなのか?」


 もはや隠す意味もないという感じで、ソゥラは頷いた。


「そうよ。……ごめんなさい。あなたたちが排除対象になる前に、なんとかこのスーリアから逃がしてあげたかったけど、もう無理だわ。ピジャン神がお決めになったことに、巫女である私は逆らうことができない」

「ピジャン神だって? おいおい、まさか、この白いちんちくりんが、きみたちが崇拝する神様だっていうのか? ウーフも神の化身がどうとか言ってたけど、冗談きついぜ」

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