第119話 リンリンリン、虫が鳴く

 ソゥラは、先程テントの中で見せたのと同じく、寂しげで、影のある笑みを浮かべながら、聞いてきた。


「そんなところで、何してるんですか?」


 それは、こっちの台詞だ。


「きみこそ、こんな時間に、こんなところで、何をしているんだ?」

「あなたたちが、慌てた様子で、隣の集落の方に向かうのを見かけたから、気になって」

「それで、わざわざ俺たちをつけてきたのか? 一時間近くもかけて?」

「駄目でしたか?」

「いや、駄目じゃないさ。でも、もう帰ったほうがいいよ。ウーフさんが心配する」

「あなたたちは、帰らないんですか?」

「ごめん、まだ、やることがあるんだ」


 嘘だ。

 もうやることはない。

 彼女と距離を取りたくて、思わずそう言ってしまった。


 呪術の波動を照合した結果、この集落を滅ぼした犯人は、ウーフの親族だと分かった。

 そして、俺たちの知る限り、ウーフの親族は、このソゥラだけ。

 この年若い少女が、大量殺人の犯人なのだろうか?


 正直言って、俺は恐ろしかった。

 しかし、いつまでもひるんではいられない。

 俺は覚悟を決めて、口を開く。


「ソゥラちゃん。ウーフさん以外に、親族はいる?」

「いえ。昔は、祖父と両親がいましたが、三人とも死にました」

「そう。ところで、ソゥラちゃんも、呪術が使えるんだよね?」

「ええ。これでも巫女ですから」

「火の呪術は使える?」

「使えますよ。呪術の基本ですからね。……なんだか、質問ばっかりですね」

「ごめんね」

「いえ、別に。私にわかることなら、何でも聞いてください」

「ありがとう、これで最後だから」

「はい、なんですか?」

「どうして、この集落の人たちを、殺したんだ?」


 俺たち以外には、誰もいない。

 虫の鳴き声すらしない、燃えつきた集落に、痛いほどの静寂が張り詰めた。

 ソゥラが黙ったままなので、俺は言葉を続ける。


「なんだか、色々おかしい点があってね。俺たちは、この集落を燃やしたのは、あの大トカゲ共じゃなくて、高度な呪術を使える人間の仕業だと思ったんだ。だからこうして、調査に来た」

「…………」

「それで、集落に残っていた呪術の波動を詳しく調べて、わかったんだ。犯人は、ウーフさんの近親者だって。……そして、祖父もご両親も死んでいるなら、彼の親族はきみだけだ」


 ソゥラは、まだ喋らない。

 先程までと同じ、張り付いたような笑顔で、こちらを見つめている。

 冷や汗が、俺の背筋を流れ落ちた。


 静寂の中、やっとこさ、リンリンリンと虫の鳴き声が聞こえた。

 鈴虫かな?

 そんなことを思っていると、ソゥラが口を開く。


「……やっぱり、イハーデンの人ってすごいですね。そういうので、分かっちゃうんだ」


 意外にも落ち着いた様子で、静かに言うソゥラ。

 相変わらず悲しげな彼女の微笑みには、動揺も、緊張もない。

 罪を暴かれたというのに、どこかホッとしているような印象すら受ける。


 俺とレニエルは、ほとんど同じタイミングで、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 聞きたいことは山ほどあったが、何から聞いていいのか分からず、ただじっと、ソゥラを見る。


「そんな、怪物を見るような目で、見ないでください。私だって、アドロロさんも、この集落の人たちも、……イハーデンの商人さんも、本当は、殺したくなかったんです。でも、仕方なかったの。この集落の人たちは、『調和をみだす者』だから。どうしても、排除しなきゃいけなかったんです」

「調和を乱す者? どういう意味だ? スーリアの平和を乱すって意味か?」


 ソゥラは、静かに首を左右に振る。

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