第98話 襲われた集落

 ウーフが眉間にしわを寄せ、心から残念そうに言う。


「ここは、先程述べた、『アドロロ・ズー』の管轄していた集落です。つい先日、邪悪竜の眷属たちに襲われ、このような有様に……。私の住む集落と、さほど離れていないというのに、襲撃に気づかず、彼らを守ることができませんでした」

「まあ、さほど離れてないって言っても、ウーフさんの集落から、一時間は歩いたからな。結構な距離だ。気がつかなくても無理ないよ」


 それにしても、不思議だな。

 何もかもボロボロなのに、人の死体が少ない。

 ほとんどの人は、逃げ出せたのだろうか。

 そう思って辺りを見回していると、『何か』が動くのが見えた。


 まさか、大トカゲか?

 イングリッドに目配せして確認するが、彼女は左右に小さく首を振った。

 大トカゲのオーラは感じないという意味だろう。

 俺は、思い切って近づいてみることにした。


 ……『何か』の正体は、すぐに分かった。

 原住民の女の子だ。

 年齢は、14~15歳くらいかな?

 ウーフと同じく、褐色の肌をし、長い黒髪を首の後ろで束ねている。


 ただ、大きくウーフと印象が違うのは、彼女の雰囲気だ。


 こういう言い方をしては何だが、ウーフはいかにも、コテコテの原住民という感じで、文明的なものを排除した服装を(まあ、熊の毛皮着てるくらいだから……)しているが、今、目の前にいる彼女は、髪型から顔立ちに至るまで、かなり都会的で、俺たちの住むアルモットにいたとしても、違和感がない容姿をしている。


「きみは、この集落の……」


 生き残りなのか?

 そう尋ねる前に、ウーフが怒気をはらんだ声を上げた。


「ソゥラ! 危険だから、一人で集落の外を出歩くなと言っただろう! 何度言わせる気だ!」

「怒鳴らないでよ、兄さん。別に、目的もなくフラフラうろついてたわけじゃないわ。ただ、この集落の人たちを、埋葬してあげたかっただけよ……」

「お前は、ピジャン神の巫女なんだぞ、万が一のことがあったらどうする!」


 今の会話で、大体の事情が察知できた。

 この女の子の名はソゥラといい、ウーフの妹であり、かつ、この地方の巫女のような存在なのだろう。

 そして、彼女は犠牲になった哀れな人々の遺骸を埋葬するため、ここに来ていたのだ。


 これで、被害の割に、人の死体がない謎も解けた。

 ソゥラがせっせとここに通って、埋めてあげていたのだろう。

 現在も、その作業の途中だったようで、集落の端に、人が入れそうな大きな穴が、いくつも掘ってあった。


 ソゥラに対するお説教が一通り済んだのか、ウーフはこちらに向き直る。


「皆さん、申し訳ありませんが、私は妹を連れて、私たちの集落に戻らねばなりません。邪悪竜の探索は、あなた方にお任せしてよろしいですか?」


 まあ、そりゃそうだろうな。

 大トカゲがいつ出るか分からんようなところに、このまま妹を放っておけるはずがない。


 スーリアの地形に詳しい道先案内人がいなくなるのは少々痛いが、この場合、ソゥラの安全が最優先だ。俺とイングリッド、レニエルは、顔を見合わせて、異存なしと主張するように、頷いた。


 ウーフも頷き、身を翻そうとしたとき、ソゥラが俺たちを見回して、口を開く。


「その服装、あなたたちはもしかして、イハーデンの方々ですか?」

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