第93話 イハーデン

 青年も、俺たちの姿に気がついたようで、一瞬警戒の表情を浮かべるが、イングリッドが切り倒した大トカゲの死骸を確認し、何かに気がついたように、顔つきを緩める。


「邪悪竜の眷属けんぞくを倒してくれたのですね。もう一匹いるとは、気がつきませんでした。……その服装、あなたたちは、イハーデンから来られた、冒険者の方々ですか?」

「あっ、はい、そうです。どうも」


 にこやかに挨拶され、こちらもとりあえず挨拶を返してしまったが、知らない言葉が二つも出てきたので、隣のレニエルに聞いてみる。


「なあ、冒険者なのは確かだし、とりあえず返事しちゃったけど、イハーデンって何? それに、邪悪竜の眷属って……」


「イハーデンというのは、スーリア地方の言葉で『遠いところ』という意味です。つまり、あの人は僕たちに、『スーリアの外の地方から来た冒険者か』と尋ねてきたわけですね」


「ふむふむ」


「あと、邪悪竜の眷属というのは、あの大トカゲのことでしょう。よく見ると、顔つきはトカゲというより竜に近いですし、二足歩行もしていましたからね。強力な竜は、自らの眷属を自在に生み出すことができると聞いたことがあります。奴らは、邪悪竜の手足となって戦う兵隊というところでしょう」


「ほぉ~、なるほどね。やっぱお前、よく勉強してるだけあって博識だな」


 素直に感心した声を上げていると、イングリッドがねたように呟く。


「ずるいぞ。私も博識アピールして、あなたに感心されたいのに」


「何もずるくないだろ……それに、博識をアピールするには、そもそも沢山勉強して、いろんな知識を身に着けてないと駄目だろ」


「しかし私は、文字ばかりの本を読んでいると眠たくなるんだ……」


 うん、それじゃ駄目だね。


 おっと、いつまでも仲間内でごちゃごちゃと話していては、熊鎧の青年に失礼だ。俺は姿勢を正し、彼と話の続きをしようとして、改めて自らの格好に気がついた。


 下半身の布は、なんとか残っているが、上半身は相変わらずの半裸である。両腕で、胸を抱きしめるように隠し、気恥ずかしさを笑いでごまかしながら、俺は口を開く。


「こ、こんな格好で申し訳ない。その、俺たち、邪悪竜討伐の依頼を受けて、やって来たんだけど、詳しい話を聞かせてもらえるかな」

「邪悪竜討伐の依頼? いったい誰が、そんな依頼を……。こちらの、テントの中に来てもらえますか? 腰を下ろして、ゆっくりと話をお聞かせください。こちらからも、話せることは、すべて話しましょう。ただ、その前にこれで、上半身を隠されるとよいでしょう」


 そう言うと青年は、ふところから、独特の模様が織り込まれたバンダナを取り出し、俺に差し出した。


 おぉ……紳士だ……


 そのバンダナは、一般的な頭に巻くやつよりかなり大きいので、水着のように上半身に巻きつけ、後ろで結び、楽々胸を隠すことができた。


 一応言っておくが、俺の胸が小さいからではなく、バンダナが大きいから、楽々隠せたんだぞ。そこのところは、誤解しないでいただきたい。


 そして、俺たちは青年に案内されるまま、集落の中でも一際大きなテントに入った。


 中には、何の為にあるのか、使用目的がまったくわからない奇妙な道具が、等間隔で床に配置されていた。


 具体的に言うと、動物の骨、とげとげのついた水晶玉、見たこともないような文字で書かれたおふだ……等々である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る