第71話 体の操縦権

 気がつくと、俺は、俺の肩の上に乗っていた。

 何を言っているのか分からないと思うが、今言ったとおりである。

 俺が、巨人と化した俺の肩に乗っているのだ。


 状況を把握する間もなく、大迫力のイングリッドのパンチが飛んでくる。

 ちょっと待って。

 今どうすればいいか考えてるのに。


 もう駄目だ。

 俺は頭を抱えて、子供のようにその場にしゃがみ込む。

 すると、『その場』が、俺を乗せたまま、風のように動き、イングリッドの巨大なパンチを回避した。


「うむ、思った通り、良い体だ。我の意思通り、自在に動く」


 巨人の俺が、満足そうにつぶやいた。

 そこでやっと、俺は状況を理解した。

 思わず大声で、巨人の俺――いや、俺の体に入ったのであろうジガルガに叫ぶ。


「ジガルガ! 体の操縦権を渡すのに、成功したんだな!」


 言葉の途中で、今発した声が、いつもの俺の声でないことにも気づく。

 頭に手をやると、長く束ねられた黒い髪を触ることができた。


 ジガルガが俺の体に入った時に、行き場をなくした俺の心……というべきか、魂と言うべきか、まあそういう、人の心の核に当たる部分が、ジガルガの体に入ったのだろう。


 どうしてそう思うのかは、俺自身よく分からないが、なんとなく、一つの体に、二つの心が存在するのは、不可能という気がするのだ。一人分のコップに、二人分の水を入れると溢れてしまうように……


『ほう、ぬしにしてはさといな。そして、良い例えだ。その通り、一つの体に、二つの魂は共存できん。だから、我がぬしの身に入った時、入れ替わるように、ぬしは我の身に入ったのだ』


 ジガルガは、さっきまでそうしていたように、口を閉じ、心の中で俺と会話を続ける。

 その最中もイングリッドは烈火のような激しさで猛攻を続けるが、ジガルガは苦も無く回避を続ける。


 イングリッドが何かするたびに、『ぶぉんっ』だの、『じゅんっ』だの、鋭い音がして、相変わらず例の衝撃波が発生し続けているのが分かるが、不思議なことに、ジガルガの体には(俺の体なんだけど)、もう裂傷ができることはなかった。


 何故?

 そんな俺の問いに、ジガルガは心の中で答える。


『簡単なことだ。突きや蹴りの軌道をきちんと見ていれば、どの角度、どの方向に衝撃波が発生するかは容易に予測できる。後は、安全な方向にかわすだけのことよ』


 体を軽く斜めに傾け、イングリッドの蹴りをかわしながら、事も無げに言うジガルガ。

 軌道を見て衝撃波が発生する場所を予測するって、そんなの達人じゃなきゃ無理でしょ。


『その通り。我の頭の中には、あらゆる武術の達人の秘技、そしてその対処法がインプットされている。まあ、創造主様が健在であった時代――つまり、古代の達人たちの情報だがな。その中に、衝撃波を飛ばす技を使う者がいたようだ。だから、これだけ簡単に対処することができる』


『ほぉー……なるほどねー……』


『それに、ぬしの体の敏捷性は素晴らしいからな。スタミナさえ無限なら、このまま永遠にかわし続けることもできるぞ。さて、そろそろ反撃するか。いくら狂戦士と化していても、目玉を潰してやれば、こちらの姿を捉えることはできまい』

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