第70話 狂戦士

『でもあいつ、格闘技はそんなに精通してないって言ってたはずだぞ。なんでそんな凄い技が使えるんだ?』


『今さっき言ったばかりだろう。あれは技ではない。ただの暴力だ。奴は今、邪鬼眼の術で狂戦士と化し、一時的に心と体のリミッターが外れている、それゆえに……』


『また難しい言い方する……もっと簡潔に頼むよ。戦闘中なんだしさ』


『そ、そうか。うーん……つまりだな、今あの女は暴走していて、ずっと火事場の馬鹿力が出続けている状態だ。衝撃波だって、技として狙って発生させているわけではない。凄まじすぎる蹴りの勢いのせいで、勝手に出ているのだ』


『なるほど。わかりやすい』


『気をつけろ。いくら格闘技に疎くても、奴の闘争本能は邪鬼眼の術で野獣のように猛り、研ぎ澄まされている。超人的な運動能力で、的確に急所を狙ってくるぞ』


 話している間に、イングリッドは地を蹴るように飛び、俺めがけて、まっすぐ手刀を突き出してきた。


 もの凄いスピードだ。

 しかし、これもなんとか回避する。


 ふぅ。

 俺がシルバーメタルゼリーじゃなかったら、今ので心臓を一突きにされて即死だったな。


 ……肩に、焼けるような熱と、痛みがある。

 見なくても、分かっていた。

 でも、一応見た。


 やっぱり。

 肩に、先程頬につけられたのより、少し長めの裂傷ができている。

 手刀と同時に発生した衝撃波で、やられたらしい。


 まずいな。

 このままじゃ、紙一重で攻撃をかわし続けても、かまいたちにズタズタに切り裂かれ、レニエルたちが邪鬼眼の術者を見つけ出すまでに俺は失血死するだろう。


 一目散に逃げたとしても、今のイングリッドのスピードは俺とほぼ同等か、瞬発力に関してはそれ以上だ。きびすを返した瞬間に、背中を狙われたらジ・エンドである。


 ……防戦一方じゃ駄目だ。戦うことを考えないと。

 かといって、俺のパンチやキックなど、イングリッドには効かないだろう。

 さっきも、渾身の足払いがまったく通じてなかったし。


『決闘の前に言っただろう。オーラの量が桁違いなのだ。足払いどころか、顔面に全体重を乗せたドロップキックを命中させても大して効かぬよ』


『でしょうねー。それじゃ、何か足止めできるような魔法を……』


『無駄だ。この女、強力なオーラを、攻撃と同じくらい、防御にも使っている。ぬしの魔法など、蚊に刺されたほども感じんよ。狂暴化しているのに、上手にオーラを使って、大したものだ』


 褒めとる場合か。


『じゃあどうしたらいいんだよ!』

『どうしたもこうしたもない。最初の打ち合わせ通りにすればいいだけのことだ』

『最初の打ち合わせ? ……あっ』


 やっとこさ思い出した。

 そうだ。

 俺は、こいつに自分の体を貸すんだったな。


 イングリッドは、すでに三度目の攻撃に入る体勢になっている。

 もうあれこれ悩んでいる時間はない。

 俺は、心の中で強く願った。

 自分の体の操縦権を、ジガルガに渡す――と。


『それでいい』


 すぅっと、意識が遠のく。

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