第61話 到着

「人造魔獣、ジガルガだったか? 私にはまったく見えないが、きみがいるというのなら、そこにいるのだろう」


 タルカスは、相変わらずとんでもない方向を向きながら(あんな調子で、よくまっすぐ歩けるものだ)言う。

 レニエルも、それに同調するように、小さく頷いた。


「そうですね。不思議なこともあるものです」


 先程彼らと合流したとき、ジガルガのことを説明しようとしたのだが、どういうわけか、俺以外にはジガルガの姿は見えず、声も聞こえないらしい。

 その理由については、ジガルガが難しい言葉を使って、事細かに推論を述べてくれたが、俺の頭ではよく理解できなかった。


『我の思念とぬしの心は融合している。彼らに我が見えぬのは、他人の心の中を覗き見ることができぬのと同じようなものよ』


 ジガルガの言葉が、俺の頭の中に直接響いてくる。


『なるほど、そういうもんかね』


 俺も、ジガルガの真似をして、頭の中でそう呟く。

 こうして、言葉を発さずに会話ができるのも、ジガルガの思念と俺の心が融合しているからなのだろう。


 そうこうしている間に、俺たちはだんだんと人気ひとけのない路地に入っていく。

 ここまで来ると、決闘の場である高台の広場までもう少しだ。

 俺は、改めてジガルガに、決闘に勝利するための手はずを聞く(心の中で)。


『なあ、そろそろ決闘場所につくんだけど、さっき言ってた『体を貸せ』っての、具体的にはどうすりゃいいの?』

『何も難しいことはない。心の中で、我にぬしの体の操縦権を渡すと強く願えばいい』

『体の操縦権って……なんか変な感じだな。イメージしにくいよ』

『より具体的に言うなら、馬の手綱を渡すイメージだ』

『俺、馬に乗ったことないから、それもイメージしにくいんだけど……』

『ええい、文句の多い奴だ。なんでもいい。乗り物を操る権利を譲ると思えばいいのだ』


 うーん、じゃあ、自動車のハンドルを渡す感じでやってみるか。

 ……自動車ってなんだろう。

 前世の記憶なのだろうけど、ハッキリと思い出せない。


 うんうんと唸って、自動車なるものの姿を明確に思い出そうとするうち、俺たちはとうとう決闘場所の高台についてしまった。


 町はずれに作られた小さな広場――

 そこには、それなりにしっかりとした作りのステージがある。


 以前は、ここで催(もよお)し物などが開かれていたらしいが、町の中心部に近い部分に、新しい広場が作られてからは、あまり利用されることもなくなってしまった、寂しい場所だ。


 イングリッドは、すでにステージの上に立っていた。


 甲冑は脱いでおり、身にまとっているのは、胸部だけを覆う黒いタンクトップとショートスパッツという、女子格闘家のようないでたちである。ウォーミングアップでもしていたのか、その体には、うっすらと汗が浮かんでいた。


「やっと来たか。遅いぞ、小娘」


 若干苛立たし気に、イングリッドはこちらに視線をやる。

 俺は、軽く小首をかしげて言った。


「遅い? そうかな、時間ぴったりのはずだけど」

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