第48話 ありふれた冒険者

「ナナリーさん、朝ですよ、ほら、起きてください」


 レニエルの声と共に、体を揺すられる感覚で、目が覚めた。

 朝寝坊したときは、決まってこういう感じで、レニエルに起こされる。

 やはり、昨日夜更かししたせいで、寝すぎてしまったようだ。


「ふぁ~あ……そんなに揺すらなくても、今起きるってば」


 体を起こし、背伸びして、時計を見る。

 なんだ。

 寝坊って言うほど、遅い時間じゃないじゃん。


 そもそも別に、冒険者は定時出社しなきゃいけないような仕事でもないんだし、その気になりゃ、昼まで寝て、それからギルドに行ったって構わないはずだ。

 まあ、そんな自堕落な暮らしは、几帳面なレニエルが許してくれないだろうが。


 そこまで考えて、やっと頭がハッキリして来たのか、俺は昨晩の、ジガルガとのやり取りを思い出した。


 あいつも、もう起きてるのかな。


 俺は、ベッドから降りて、寝ぐせだらけの銀髪を手櫛で整えながら、室内を見渡してみる。小さな黒髪ツインテール少女の姿は、どこにもなかった。


「どうしました、ナナリーさん? 何か、探してるんですか?」


 ベッドの下から棚の裏までチェックする俺に、レニエルが問いかけてくる。

 俺は、昨晩あったことを、かいつまんで説明した。


「なるほど、人造魔獣ジガルガ……ですか。僕が起きた時には、それらしい子は、いませんでした」


「どっかに出かけたのかな。朝の散歩とか」


「うーん……ナナリーさんに寄生しているのなら、宿主からそう遠くへは行けないと思うのですが……」


 俺たちは、互いに腕組みして、しばらくうんうん唸って考える。

 少しの時が流れ、思案の結果を最初に報告したのは、俺だった。

 

「もしかして、昨日のことは、全部夢だったのかも……」


 レニエルも、同じ結論に至っていたのだろう。

 軽く頷いて、俺の意見に同意した。


くだんの人造魔獣ジガルガがここにいない以上、その可能性が高そうですね」


「焼き芋作ってるときに、お前が魔獣の怨念がどうとか言うからだぞ。あの言葉が俺の深層心理に傷を残し、魔獣に対する罪悪感から変な夢見ちゃったんだ」


「ナナリーさんは、そんなナイーブな人じゃないでしょう?」


「お前、なかなかハッキリものを言うようになったな……」


 それから三日ほど経っても、ジガルガが再び姿を現すことはなかったので、俺の中で、あの小さな女の子の存在は、完全に夢の産物であったということで、片付けられた。


 そして、再び、危険だがなんてことはない、冒険者としての日常が始まった。


 俺とレニエルは、日々足しげくギルドに通って、依頼を着実にこなし、ギルドに登録して一ヶ月が経つ頃、やっとこさ『駆け出し冒険者』を卒業して、『ありふれた冒険者』となった。


『ありふれた冒険者』と書くと、しょぼく感じるが、冒険者志望の若者のほとんどが、ギルドに登録して最初の一ヶ月で、死ぬか大怪我して引退するか、理想と現実のギャップに気がついて田舎に帰るなどの理由で冒険者を辞めてしまう(とマチュアに聞いた)ことを考えれば、こうして一ヶ月生き残っただけでも、大したものらしい。


 ギルドにも随分と慣れ、知り合いもできたので、最近は朝からギルドに入り浸って、タダのコーヒーを飲んでいる。

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