第18話 楽観的にいこう
「はぁ? なんで?」
「なんでって、男性と女性が、あまりにも近い距離で一緒に入浴するのは、健全とは言えないからです。比較的広めの温泉で助かりました」
まだ子供のくせに、何を言っているのやら。
「別に、俺は裸を見られても気にしないぞ?」
「気にしてください。ナナリーさんは、もう少し慎みを持つべきです」
「はいはい、分かりましたよ。それじゃ、この距離を保って、ゆっくり温泉を楽しむとしますか」
どさくさに紛れて、女の子にしか見えないレニエルが、本当に男なのかどうか確かめてやろうと思っていたが、これ以上無理に近づくと、逃げられてしまいそうである。俺は、大人しく腰を下ろし、湯煙に浮かぶレニエルのシルエットと話し始めた。
「ところでさ、これからの旅の指針についてなんだけど、何をするにしても、とりあえずは金がいるじゃん? だから、どこか大きな町で仕事を探して、少しは稼がないといけないと思うんだよ」
「そうですね。大きな町なら教会もあるでしょうし、僕のプリーストの能力を活かして働けるかもしれません」
「だよな。それで、さっき宿に貼ってあった地図を少し見たんだけどさ、南に二日ほど行ったところに、『アルモット』っていう商業が盛んな町があるらしいんだ。とりあえずは、そこを目指してみようと思う。どうかな?」
「わかりました。異存ありません。……あっ、ちょっ、ナナリーさん、なに少しずつ近づいてきてるんですか。それ以上来ちゃ駄目ですよ」
「ちっ、抜け目ない奴め」
「もう……」
俺は、ふてくされたように顎まで湯に浸かり、息を吐いてブクブクと泡を作る。
湯煙でレニエルの顔は見えないが、きっと、困ったような、呆れたような笑みを浮かべているのだろう。
「それにしても、本当に良いお湯です。暗いので、最初は来るのに反対しましたが、ナナリーさんのおかげで、素晴らしい思いができました」
「おうよ。世の中、だいたいのことは、やるかやらないか迷うより、やっちまった方がいい結果になるもんさ」
「そ、それは少し楽観的すぎる気がしますが……」
確かにその通り、楽観的すぎる考え方である。
それでも俺は、人生は(今朝まで魔物だったけど)積極的行動こそが大事だと思う。だって、せっかく生きてるのに、ぐちぐちと悩んでたってしょうがないじゃないか。
『こう』と決めたらまず行動し、結果は運命として受け入れる。
俺なりの、楽しく生きる気構えだ。
現に、うだうだと悩まずに、魔王軍を辞めたいとキッパリ魔王様に申し出たら、こうして人間にしてもらえたし、レニエルを放っておけないと助けに行けば、死にかけはしたものの、こうして一緒に旅をし、楽しく温泉にも浸かれている。
なんだかんだで、良い運命が俺に向いてきている気がする。
歌でもいっちょ歌いたいような、楽しい気分だった。
しかしそこで、俺はあることに気がついた。
「……あっ」
「どうしました?」
「あのさ。脱衣場に、タオルみたいなものとか、あった?」
「いえ、見かけませんでしたが……あっ」
レニエルも、気がついたらしい。
温泉から上がった後、体を拭くものがない。
長い冬が終わり、季節はそろそろ春だが、それでも夜は、まだ随分と冷える。
裸で濡れた体が乾くのを待つのは、あまりにも寒いことだろう。
「いやあ、参ったな。積極的行動も大事だが、少しは段取りってやつを考えるのも大事ってことだな」
俺は、温泉に入りたい一心で、準備不足だった自分を、笑った。
困った状況ではあるのだが、それでも、なんだか無性に楽しかった。
レニエルも、俺に釣られるように、湯煙の向こうで笑う。
結局、のぼせる直前まで湯に浸かり、熱々に火照った体に纏わりつく水滴を、風の魔法で吹き飛ばし、大急ぎで服を着ることで、なんとかタオルのない事態を打開することができたのだった。
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