第7話 わけあり聖騎士
グレートデーモンの恐ろしさを、多少誇張して話してやると、レニエルの顔はみるみる青ざめていった。
この様子じゃ、大した戦闘経験もなさそうである。
やはり、何としてでも止めなければ。
その後も、思いつく限りの、魔王城周辺の超強力モンスターの情報を並べ立てると、レニエルはとうとう、恐怖のあまりその場にへたり込んだ。
勝った!
……何に勝ったのかは分からないが、これでもう、魔王討伐などと馬鹿なことは考えないだろう。
と、思ったのもつかの間、レニエルは子犬のように首をぷるぷると左右に振って、立ち上がる。
そして、悲痛な面持ちで町の出口――魔王城方面の街道を目指し、歩き出した。
こいつ、俺の話、ちゃんと聞いてたのか?
俺は、やれやれと肩をすくめ、「おい」と声をかける。
レニエルは、瞳の端に涙を溜めながら振り向いた。
悲壮感漂う決意のこもったその目を見て、俺は何も言えなくなった。
そこで、やっと気がついた。
彼は先程、『国王陛下の命を受け』と言っていた。
どんなに恐ろしくても、どんなに不可能でも、王の命に反することなどできないのだ。
俺は、レニエルの事情も考えずに、ぺらぺらと恐怖を煽りたてた自分を恥じた。
黙ったままの俺に、レニエルは軽く会釈すると、弱々しい足取りで先に進んでいく。
これ以上、何か言えるはずもない。
俺は、遠ざかっていく彼の小さな背中を、立ち尽くしたまま、見守るしかなかった。
……十分程、そうしていただろうか。
俺は踵を返し、先程の酒場に戻った。
「おや、『従者』のお嬢さん。金髪の『お嬢様』とは一緒じゃないんですか?」
マスターが、含み笑いしながら声をかけてくる。
「よく言うよ。俺があの子の従者なんかじゃないって、分かってるくせに」
「まあね。それで、何の御用です? 言っておきますが、文無しに出すようなものは何もありませんよ」
「何もいらないよ。腹は膨れてる。……ちょっと、あんたと話をしようと思ってね」
「こう見えて、忙しいんですがね」
俺は店を見渡す。
いるのは、マスターと俺だけだ。
皮肉たっぷりに、言ってやる。
「透明人間の団体客でも来てるのかい?」
マスターは、笑った。
「くくっ、あんた、面白いね。……それじゃ、他に客が来るまでだよ。何の話がしたいんですか?」
「マスター、リモール王国って知ってる?」
「ええ。もちろん、存じてますよ。というより、知らないやつはいないでしょう」
俺は、自分の顔を指さして微笑する。
「ところが、ここに一人いるんだ」
「そうですか。あなた、よっぽどの世間知らずなんですね。リモール王国は、強力な聖騎士団を擁する、世界最大の国です」
「へえ。聖騎士って、強いのか?」
「そりゃもう。全員、一騎当千の強者らしいですよ」
それじゃ、あのレニエルも、実は相当な強者なのだろうか。
「気がついたか? 俺の
マスターは口を手で押さえ、おかしそうに吹き出した。
「あの、虫一匹殺したこともなさそうなお嬢ちゃんが聖騎士だなんて、あんた、本当に面白い人だ」
「でも、本人が言ってたんだ。自分はリモール王国の聖騎士だって。俺には、あの子がウソつきとは思えない」
「ふむ。確かにあの白銀の甲冑は、高貴な騎士が身にまとうような、素晴らしいものでしたね。……ああ、分かりましたよ。きっと、あのお嬢ちゃんは、『わけあり』聖騎士なのでしょう」
「わけあり?」
「ええ。たまに、いるらしいんですよ。実力はないが、王族に取り入ったり、特殊な事情で聖騎士に抜擢される者が。あの子もその口でしょう」
「ふぅん。あの子は、卑怯な手を使って聖騎士になるようなタイプには見えないから、きっと、『特殊な事情』ってやつがあるんだろうな」
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