【あるまいてぃ】・1

 原神。

 元々いた神。

 葉弥栄たち人の祈りから生まれたものとは違う、創生の力を宿したモノ。

 葉弥栄たちが、本当の神と呼ぶ存在。

 葉弥栄は未だ、そういったモノを目にしたことがなかった。それは他の多くの神々にしても同様のはずである。


(【あるまいてぃ】の原神の元へ赴くための手立てに悩んでいたが――場合によっては木洩日を迎えに行く時すら伸ばしそれを成さなければという思いもあったが……焔ノ狐神様のおかげで、大変に準備を整える猶予を得ることができた)

(原神。どんな姿であるのか。どのような立ち振舞いであるのか。……気を抜けぬことだけは確かだ)


 焔ノ狐神から受け取った札を握り締め、意識に浮かんだ場所への飛翔を試みた。

 縁を辿る飛翔あれど、縁無きモノの居場所へ飛び立つ神力など、葉弥栄のどこにもない。――葉弥栄はに、ただ引き寄せられたのだ。

 視界が暗転する。


(――――……)

(……ここは)


 景色が取り戻されたとき見えたものは、鬱蒼とした森の中に開けた、円形の柔らかな地であった。

 辺りを囲う木々は異様に緑が濃く、広く開けた地には苔のような植物が生い茂っている。

 木々の間から差す光は眩しく鮮明。そして不思議なことに、光届かぬ木陰であるはずの場所にも、柔らかな光が降り注いでいた。


 辺りから鳥の鳴き声が聞こえてきた――ような気がした。

 空を見上げれば、射し込む光が奇妙に屈折していた――ように感じた。

 木々に視線を移せば、大樹に纏わりつく蔦のような植物が、生き物のように動いた気もする――。

 突然、地には水が流れているような錯覚を覚え――そう感じた途端、小川の流れが聞こえてきた。


 それを聞くうち、辺りの景色が、開けた川辺の畔であるように思えてきた。――そして次の瞬間には、そのような景色が確かに瞳に映った。

 森の景色も損なわれることなく、しかしそこは川辺の光景であり――。


(――――いけないッ!)

(ここは場所じゃないんだ――概念だ! 辺りを見回し意識を向けようとすれば狂う……認識できるものなどここにはないんだ……!)

(それが叶うものがあるとするなら――。……………………)


 葉弥栄は目を閉じ、ニライを創生せしモノ、【あるまいてぃ】の原神を思った。

 認識に走った亀裂の痛みに震えながら、思いを馳せ――そしてゆっくりと、目を開いた。

 ――景色は変わり果て、そしてそこに、求めた存在があった。


(――――――――あれが、【あるまいてぃ】)


 そこは真っ白な空間だった。

 ただずっとどこまでも永遠に、終わりなく白の空間が広がっている。

 そして葉弥栄の目の前であり遠くでもある、認識できないそこに座り、葉弥栄を見つめるモノがあった。


 赤褐色の肌。

 今の葉弥栄より若干小さな体躯。小さな顔に白い髪。

 六本の腕、強靭が窺える尾。

 体を装飾する黄金の飾り。


 ――そこまでは、ぎりぎり認識することができる。

 しかしそれ以上は、意識が認識することを拒むように曖昧にしか知覚できない。……今見えているその姿すら、真実のものであるのか確証が持てないでいた。

 ただ。

 彼のモノの赤褐色は、この世のどんな色よりも美しかった。

 それ故だけに、ソレの姿を認めた途端、葉弥栄は意思関係なく跪いてしまった。


(――ニライの言葉は習得した。おそらくあちらは私のことなど認識すらしていない、こちらから話を切り出さねば……)


 危うさを承知で口を開こうとしたが……その口から出る音はなかった。


(【鏡内領域きょうないりょういき】――内面世界の顕現と同じ理屈か……! この世界の全てを理解しない限り、私に発言権はない……!)

(…………。祈り、待つほかないか)


 だが永劫待ったとして、彼のモノが自分に気付くことなどあるのか?

 葉弥栄は内心で冷や汗を流した。

 格上格下の話では収まらない、存在の次元が違いすぎる相手。人が地に落ちた落葉の一枚一枚を認識しないように、神が地の中に息づきそこに活力を与える存在をことわりの一つとして感じ取るように、彼のモノにとって葉弥栄はおそらく、ただ漠然としか意識していないものだろう。


 かといって、待つほか取る手立てもない。解決策を見出せぬまま過ぎ去る時間……。

 葉弥栄は、原神【あるまいてぃ】との接触に半ば諦めさえ抱きながら、顔を上げた。

 すると――。


「わッ――!」


 葉弥栄は思わず声を上げ仰け反ってしまった、

 目の前に信じられぬものがあった。視界に映ったその意味をすぐには理解できなかったほどに衝撃的である光景。

 諦観からの一転。


【あるまいてぃ】が、葉弥栄の鼻先僅かのところまで顔を近づけ、葉弥栄の顔を覗き込んでいたのだ。


(なっ――ッ)

(なに――なんだ……!?)


 混乱を浮かべその原神を見つめるうち、遅ればせながら、葉弥栄は自身が驚きでことに気付いた。

 それに気付いた瞬間。

 景色が開けた。


 白の空間がまた別の景色に変貌したわけではない。ただ――言葉では表し辛いが、その空間に確かな立体が生まれたような知覚を得たのだ。

 認知を狂わせる終わりない白の空間であったそこに、奥行きを感じる。

 ただそれだけで、やっと、そこに景観が生まれたように思い、景色が開けた感覚を味わったのだ。

 そして――。


(こ……)

(これが……【あるまいてぃ】……?)


 正常にその空間を知覚した今、【あるまいてぃ】の姿も、曖昧ではない、輪郭を確かに持った一つの存在として知覚することができた。



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