嵐の前の凪 ~1~
表情をあまり見られたくなかったのだろう、木洩日はその後、コマの少し後ろに付いて歩いていた。コマも理由を察してか、気をつかいながらも特に変わらぬ様子で歩き続けている。
やがてしばらく歩いたところで、コマの姿を上目使いで窺いながら木洩日は口を開いた。
「あのね、コマ。私あっちの世界で、カナイの世界で、コマに学校でのことを色々相談していた気がする。辛いこととか、悲しかったことも、たくさんお話する中で……」
木洩日は孤独の悲しみと共に、それを思い出していた。それは孤独を慰める思い出。
何も分からぬままに、明らかに自身とは存在の違う謎の少年に、最初からあれだけ砕けた口調で話しかけられた訳、それに気付いた。
何を考えていたわけでもない自然なあの接しは、今は遠い常日頃にそうしていたから。
「……でも、コマの姿が思い出せない。顔も、声も。でもね、いつの日もそうしていた気がするの、不思議だけれど。なんで思い出せないんだろう……」
「…………」
コマは少しだけ黙ったあとで、静かな調子で言葉を返した。
それは、感慨に耽る声色であった。
「そうだね、木洩日はいつも私に話しかけてくれた。本当に沢山のことを。……そしてその中には、辛いこと、悲しみの胸中の吐露もあった。悩みに対する思いの丈を語ってくれたこともあった。しかし私は……。……すまない、これ以上は言えないんだ」
「そっかぁ……」
かつてあった親密の不透明に木洩日は思い煩うたが、しかしコマとの友好が想像の内の思い違いなどではなく確かにあったという事実にはとても勇気づけられた。
いじめられていたという辛い事情を思い出し、沈鬱が胸の内に折り重なって溜まっていたが、木洩日はその勇気により少しだけ前向きな気持ちになれた。
(そうだ、私は一人ぼっちではないんだ)
木洩日は今や孤独ではなかった。
あの村で親愛を注いでくれた人々。家族同然に迎え入れてくれた彼女ら。
そして今この時も、隣にはコマがいる。
(――頑張ろう)
木洩日は強く胸の中でそう心決めた。
風が強く吹き抜け、緑の平原を輝かしく揺らした。
日は地平へと傾き始め、時刻はもう間もなく夕暮れ時である。
「――ここらで少し休憩を挟もう。夜が来る、備えなくては」
木洩日はブルリと震え拳を握った。
それは襲い来る恐怖によるものであり、また彼等から承った勇気が震える武者震いでもあった。
(大丈夫。私は乗り越えるんだ……!)
木洩日は風吹き抜けるその先を強く睨み据えた。
――平原は未だ、平和そのものの穏やかな凪である。
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