記憶 ~2~

 休憩を挟んだのは、日が頂点から傾き始めた頃合いだった。

 少しだけ息を荒げる木洩日の前で、コマは刈り取った若草を積んだものに向かって何かをふつふつと唱えた。

 突然に、若草から濃い青の火が立ち昇った。


「わあっ!」

「【守りの青火】だよ。この火は決して木洩日を傷付けないんだ。触ってごらん?」

「え……?」


 木洩日は戸惑いコマと青い火を見比べた。

 やがて恐る恐るに、青の火へ右手を伸ばした。――火は木洩日の手を優しく包むように舐め、それが木洩日を傷付けることはなかった。


「……わあ、温かい。なんだか安心する。不思議な火だね」

「ああ。――さて、休憩がてらにいくつか話をしよう。伝えなければいけないことがいくつかある」

「夜が来るとなにがまずいのかってことね」

「そう。それと、なぜ木洩日にカナイでの私の正体を明かせぬかというワケを」


【守りの青火】を囲み座ると、コマはいくつかの重要な秘密を語り出した。


「まず夜が訪れると何が危険なのかということを。――ここは【広大な森の平原】という名の一帯なんだ」

「うん、『ふぁーた』にも教えてもらった。でもそれ以上は教えてもらえなかったな。本当は大人になるまでその平原の秘密を知ってはいけないんだって言われて。……平原は分かるけど、森って?」

「ここはね、昼は平原だが、夜になると深い森に姿を変えてしまうんだ」

「え……?」


 木洩日は辺りを見渡した。

 見渡す限りの平面には、細い木の一本も見当たらない。地平線までずっと若草の緑が続いている。


「ほ、本当なの?」

「そうだ、だから危険なんだ。あの村の者たちも、大人以外はこの平原には立ち入らない。木材を取るため夜この平原へ立ち入るときも、決して深くまでは踏み込まない。変貌した森は闇をも喰らうが如くに深く、そこには危険極まる獣が現れる。――私たちは最低一度、その夜を越えなければならない」

「…………」


 木洩日の表情が不安に曇った。

 コマは木洩日の肩に手を乗せると、力強い言葉を向けた。


「大丈夫、私がついているから。どんなときでも決して離れない」

「うん……!」

「もう一つの話は、木洩日に頼みたいことなんだ。君の力を貸してほしい」

「私に……私の?」

「そう。君にしか頼めない」


 木洩日の瞳を真っ直ぐに見つめそれを口にしたとき、彼は膝に置いた両手をぎゅっと組み合わせていた。

 まるで、祈る者のように。


「木洩日に私のことを思い出してほしいんだ。そして私の名を呼んでほしい」

「コマの名前?」

「そう、私の本当の名前。……今私は、元の力が十全に使えない状態にあるんだ。私は、私を信ずる誰かの祈りがなければ消え失せる存在。木洩日が私の本当の名を呼べば、私は神格満ち十全なる力を発揮することができるだろう。……しかし、私から木洩日にその名と正体を明かすのでは意味がないんだ。木洩日の心の内にある信仰のみを頼りに名を呼んでもらえなければ、力は取り戻せない。だからあのとき、私は私の詳しいことを話せなかったんだ。……私がついていると言っておきながら不安にさせてすまない。しかし、例え本来の力なしにこの平原を乗り切ることができても、いつか十全たる力が必要になるときが必ず来る。だから、それが木洩日に頼みたいことなんだ」

「……うん、分かった。私、頑張って思い出す」

「ありがとう」


 コマは柔らかに微笑んだ。


「さあ、では今はお寛ぎ。大丈夫、実を言えばこの平原は、今の力のままでも乗り切れる試練なんだ。さあ、長から貰ったポットでお茶にしよう」

「うん」


 頷きながら。

 木洩日は、コマの正体の心当たりに思いを馳せていた。……そう、心当たりがあったのだ。


(あの神社だ。『ふぁーた』にも話した、私が真っ先に思い出したカナイの景色である、あの神社――)

(あの神社は……なんて名前だっけ……)


 コマから受け取ったお茶をちびちびと啜りながらも木洩日は頭を悩ませ続けたが……。

 その神社の名が、掠れた記憶の底から顔を覗かせることはなかった。


 

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