新しい日々

「仕事をしなければ食っていけん」


 木洩日の村での生活が始まった。翌日から木洩日は村の一員として仕事を割り当てられ、真の意味で彼等と共に生活を送る一人となった。

『ふぁじゃ』の端的な告げ事により木洩日が任されたのは、村の土耕しである。

『ふぁーた』を含む村の子供たちと共に、村の領土あちこちの土くれを鍬で耕す仕事だ。


「土を耕して、――なにを植える、のッ!」


 たどたどしくも力強く鍬を振り下ろしながら『ふぁーた』に尋ねると、『ふぁーた』は驚きの声を返した。


「なにも植えるもんか! ――っしょッ! ただ耕すんだ。俺たちが村の土に手を入れてやらないと、村の土地はあっという間に飲み込まれてしまうから。ただ――耕すだけ、だッ」

「飲み込まれる? 何に?」

「そりゃ、……大自然とか、理とか、そういうふうに呼ばれるものにさ。――んしょッ! 何かを植えても何も生えてこないよ、決められた場所じゃなければ。――カナイの様子はこちらとは違うのかい?」

「うん。栄養があるところに植えれば、植物はどこでも芽を出して背を伸ばすよ」

「そりゃあ不思議だなぁ! ――えいッ」


 二人、息を荒げながら鍬を振り下ろし続ける。

 それは結構に重労働な仕事であった。


「じゃあ、食べ物はどうしてるの? どこで採るの?」

「【煌めきの海】か、【広大な森の平原】で採るんだ。――【広大な森の平原】に立ち入ってはいけないよ、あそこは大人しか入っちゃいけないんだ。危険だからね。――っしょッ!」

「ふうん……。――えいっ」


 朝、日が高く昇る時間から仕事は始まり、太陽が真上に昇ってから二刻ほどの時間で仕事は一段落する。

 その後は『ふぁーた』にカナイの話をせがまれたり、逆にニライのことを聞いたり、『ふぁーまい』も交えて絵や折り紙、簡単なゲームなどで遊んだり、三人で外を見回ってみたり。

 いつも夕方が訪れる頃合いに『ふぁーめい』が仕事から帰ってきて、一緒に夕食作りを手伝い、家族で夕飯を囲む。

 夜は『ふぁーめい』が傍にいてくれた。眠れない夜は手を握っていてくれる……。

 朝になると、大体『ふぁーめい』、『ふぁーた』、木洩日、『ふぁーまい』の順で皆起床し、『ふぁーめい』より先に木洩日と『ふぁーた』が仕事に出掛ける。そんな毎日の繰り返しを、時に無性に悲しくなりながらも、しかし多くの時間は楽しくに送っていた。


 そこで過ごすうち、木洩日はニライの、そしてこの村の多くのことを知った。

 この村はニライの最南端にあること。べつにそれに不満はないが田舎だと、『ふぁーた』が都会への憧憬を僅かに滲ませながら溢していた。


【煌めきの海】の、名の由来。夕方のある時間のごく短い間、その海が一面金色に煌めくから。木洩日はそれを最初に見たそのとき、頬を朱に染め我を忘れたように夢中で、一面の金色をその時間ずっと眺めていた。


 一族の幼子は皆とてもしっかりしていることを知った。『ふぁーまい』も毎日一人でお留守番している。幼い見た目とは裏腹に、彼女はとても落ち着いていた。……もしかしたら、木洩日よりも。


 この村の人々の名は皆『ふぁ』の音から始まることを知った。

 そして、一眼模様が描かれた布の下は、誓い合ったその人にしか見せないことも……。木洩日はこの話を『ふぁーめい』から聞いたとき、真っ赤になって俯いてしまった。顔を真紅に染める木洩日を見て、『ふぁーめい』はくすくすと笑い声を上げた。


 そんな毎日が一つ、二つと過ぎてゆく。日々のどれもが色濃く、一日一日がとても長く感じられた。

 もはや彼等に対する親しみは、完全に村人の一員のそれで。

『ふぁーめい』等に感じている愛情は、家族のようなそれで……本当の家族を思い出したときも、『ふぁーめい』が心からの哀憐と親情をもって慰めてくれる……。


 しかし木洩日はそんな幸いある毎日の中でも。

 いつも、予感を感じていた。

 。……この生活は、ずっとは続かない。そんな確かな予感を……。


 ――そして。

 仕事をこなし、『ふぁーめい』らの家で世話になりながら、五日が経った時だった。

 その少年が村に現れたのは。


 は、想像していたよりも遥か早くに訪れた。







「木洩日はいるかッ? この村に、早坂 木洩日はいるかッ?」

「おお……」


 その少年の姿を誰よりも早くに目にとめたのは、長の側近らだった。

 彼等は少年の姿を認めると、皆一様に感嘆のどよめきを上げた。


「【渡し神様】じゃ……」





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