『ふぁーめい』 ~3~

「今日は『ふぁーた』と『ふぁーまい』で入りな。私は木洩日と入るからね」


 風呂は家の隅に渡された板張りの短い廊下の先、ほぼ母屋と離れているといっていい場所に設えられてあった。

 脱衣所で『ふぁーめい』のスラリと細いが肉付きの良い肉体を見ると、木洩日は自分の平坦な体を見下ろし、渋い顔を作った。

 木造の風呂も厚い布で覆われていたが、不思議と息苦しさはなく、湯気の温度が心地よかった。


「……布に水滴が付いていない」

「さあおいで。体を流してあげる」


 ざっと体を流すと、すぐに二人は風呂に浸かった。

 その温かみは、木洩日の知る温もりとは僅かに異なるものであった。



『……もうお前さんも気付いとるはずだ。生きている間にあったいくつかの感覚が欠落しておることに』



 長の言葉を思い出し、ここはニライであり自分は既に死んだということを意識したくなくて、木洩日はそれをただ胸の内に仕舞って湯舟へ肩を沈めた。


「……お風呂でも頭の布は取らないの?」


 首から下は素肌だが、『ふぁーめい』は頭の頭巾だけは取らなかった。首元で布を結び、頭の三角を隠し続けている。

『ふぁーめい』はくすくすと笑った。


「それ、外では言っちゃいけないよ? はしたないって思われちゃうから」

「そ、そうなの……。ごめんなさい」

「んーん」


 風呂でも頭の布を取らない。

 その習慣を知ったことで気付いたことがあった。


「――私の体、あんまり汚れてなかった。お昼には外に出て歩き回ったのに……」

「ここはニライだからね。私たちとこの世界の全ては、カナイより在り方が純粋だと聞いたことがある。そのせいだろう」


 汗もかかず、汚れない。

 そのことが、木洩日にはとても恐ろしく思えた。


「……来なさい」


 手をぎゅっと握り体を縮ませる木洩日の肩に手を回すと、『ふぁーめい』は優しく木洩日をその胸の内に抱きしめた。

 木洩日は少しだけ泣き、『ふぁーめい』はただ黙って木洩日の頭を撫で続けた。

 しばらく風呂場に、嗚咽の声が反響した。


 

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