みつを集めないハチ

久賀広一

あるところに、とてもめずらしい花畑がありました。


それは山の奥に広がっていて、七色のように花が咲くので、ミツバチの楽園、と呼ばれているところです。


「あーあ、たいくつだなぁ・・・」


そんな広場の中で、たった一匹、寝ころんでいるハチ。

まん中に立った、大きな木の枝で、昼寝をしているのでしょうか。

「いつもいつも、ボクたちはみつを花畑から集めてばっかりだ。

たまにはもっと、面白いことでもしたいよ」


大きなあくびをしているそのハチは、『ナギ』という名前です。

「今日はもう、仕事を休んで・・・明日は、ずっと遠くのほうにでも、行ってみようかな」

そんなことを考えながら、ナギはまた眠りについていくのでした。





「女王さま・・・」

その、あくる日のこと。

ナギは、ハチの巣の中でも一番えらい、女王さまのところに向かっていました。


「な、なんじゃナギ!おぬしは!」

いつもは寝坊ねぼうしてばかりいるので、朝からいそがしく巣の中で働いている、兵士のハチにとってはびっくり。

それでも、わけを話して、女王さまの部屋に通されると、ナギはきのう考えていたことを伝えていきました。


「・・・女王さま、ボクは一度、ずっと遠くまで旅に出てみたいです。

このあたりの花畑は『楽園』と呼ばれていますが、こんなに退屈なところが、本当にいい場所なんでしょうか」


「・・・ナギ。あなたは、とても変わった子ですね」

女王さまから、蜜をもっと集めてきなさい、と怒られるかもしれないと思っていたナギは、戸惑いました。

「あなたが旅に出たいと言うのなら、それもいいでしょう。

でも、巣の遠く、仲間のミツバチがいないところは、たいへん危険ですよ」


女王さまはそう心配して、ナギにお弁当のハチミツを、少し持たせてくれました。


「それと、あなたの兄妹たちは、まだ小さな子のために、せっせと働いていることを、忘れないようにね」

それを聞いたナギは、元気よくうなずきます。

「はい、女王さま。

おみやげに、見たこともないような花の蜜を、持ち帰ってきますので」

お礼を言って、ナギは巣から旅立っていきました。






「ーー すごい!」

いままでに行ったことのない場所は、ナギにとっては、すばらしい世界。

「これは、何だろう。湖の水が、宝石みたいに青く光ってるよ!」

人間の目には見えないような、小さな小さな石が、水のなかで太陽をキラキラと反射しています。

そんなあざやかな群青ぐんじょう色にかがやく湖の上で、水しぶきをあげるくらいはやく飛んでみたり、今度は、ガケの高いところまで登って、雲を見下ろしたり。

ナギには、初めてのことばかりでした。


・・・もちろん、女王さまに言われたとおり、そんな楽しいことだけが、続いたわけではありません。

気分よく旅をしていると、自分の命をねらってくるオオスズメバチや、もっと巨大な鳥たちにも出会ってしまいます。

すばやく逃げまわって、ドキドキしながら草や岩のかげに隠れなければいけません。

・・・夜になると、木の皮のなかや、葉っぱの裏がわで眠り、さびしくなってしまうことも。


「ーーでも、ボクは自分で旅に出るって、決めたんだから」

一人の夜をこえ、まぶしい朝日のなかで、ナギはどんどんたくましくなっていきました。





そんなある日、彼がたどり着いたのは、すごく不思議な場所。

大きな木が一本たっていて、そのまわりを花畑がうめつくしています。

まるで、自分の故郷にそっくりな、きみょうな場所でした。

「・・・ここは?」

もしかして、遠くまで飛んできたつもりなのに、知らないうちに巣に帰ってきてしまったのでしょうか・・・。


でも、そこらあたりをぶんぶん舞っているミツバチたちは、知らない顔ばかりのようです。

「やっぱり、ここはボクの巣じゃない」

近くにきたハチにあいさつをして、しばらくのあいだ、ここで休んでいいかと、たずねてみました。

「かまわないですよ。ここは花の蜜もたくさんあるし、ゆっくりしていってください」

ていねいに答えてくれたミツバチに、お礼を言って、ナギはむらさきの花の上で、のんびりとくつろぎはじめました。





「ーーみんな!

スズメバチが来たぞ!」

すっかり眠ってしまっていたナギを、たたき起こしたのは、そんなさけび声です。

「巣の入り口をかためろ!

みんな、数はこっちのほうが多いんだからな!」

そこら中を飛んでいたハチが、いっせいに木のまわりに集まっていきました。

「むこうは5匹いるのか・・・やっかいだな」

ナギは、旅のとちゅうで、何度もスズメバチに出会ってきました。

仲間のなかでも、ナギはとくに飛ぶのがうまかったので、すばやく逃げ回ったり、自信がついてくると、からかうために上からチョコンと乗っかってみたり。


しかし、ここのミツバチたちは、そんなふうにはできません。

飛ぶのがあまり上手くないこともありますが、巣を守るため、逃げずに自分の命をかけて戦わなければならないのです。

「・・・だけど、みんなおびえてるみたいだ・・・」

ナギが見ていたのは、ミツバチたちが、小さくなって動けないでいる姿です。


「ーーボクたちは、ただ食べられるだけじゃない!

からだの大きいスズメバチより、すばやく向きを変えて、宙返りしたりできるんだ!」

そう言って、ナギはとつぜん、うしろからオオスズメバチに飛びかかりました。

「うわっ!」

相手は、いきなり近くにやって来たナギに、バランスをくずされます。

「いまだ!」

巣の前にいた、たくさんのミツバチたちが、その時いっせいにおそいかかってゆく!

ほかに4匹いたスズメバチも、あわてて仲間を助けようとしましたが、たくさんのミツバチに囲まれ、動きを止められてしまいました。

「何とか、うまくいったのかな・・・」

ナギは、ミツバチたちがおそれずに戦っているのを見て、ほっと一息。

・・・そして、もう一度ちからをためて、みんなの応援のために、向かっていったのでした。






「・・・あなたのおかげで、ぶじにスズメバチを追いかえすことができました」

はげしい戦いのあと、ナギはどうやら、周りのミツバチたちと仲良くなったようです。

そして、先ほど守りぬいたハチの巣に案内され、女王さまからお礼を言われました。


「この巣がおそわれたのは、はじめてだったので、みんなとても緊張して・・・」

一番はじめに、あなたが動いてくれてよかった、と彼女は胸をなでおろしました。


「いえ、女王さま。

ボクはここの花畑で、休んでいいと言ってくれたハチに、お礼をしたかっただけです」

ナギは、巣の中で、近くにならんでいた一匹の知り合いに、手をふりました。


「あなたは、どこに住んでいるのですか?

この近くに、ほかにミツバチの巣はなかったはずですけど・・・」

首をかしげて、そうたずねてくる女王さま。

「ーーボクは、ずっと彼方かなたの、山のむこうからやって来ました。めずらしい景色を見たいと言ったら、ボクの故郷にいる女王が、許してくださったのです」


「まあ・・・。心の広いあるじをお持ちなのですね」

目の前にいる女王さまは、そう言ってほほ笑んでいます。

「でも、おかげで私たちは、救われました。

・・・あなたは、いつかその故郷に、帰るのでしょうか」

そこに住む、ナギの女王にも、お礼をつたえてほしい、と頭をさげてお願いされました。

「はい、ここの風景が故郷にとても似ているので、帰りたくなっていたところですから」

ナギは、そのとき初めて、自分の名前と、いっしょにあるじの名前も、つたえました。


それを聞いて、なぜかその場にいたミツバチたちに、どよめきが広がっていきます。

「・・・どうかしたのですか?」


ナギが、まわりの声がしずまるのを待ってからきくと、「その方は、私たちも知っているのです」と言われました。

「その女王は、私の母でもあるのです。

・・・この花畑を、みんなに残してくれて、自分は旅立っていきました。

蜜のうばい合いにならないように、はるか遠くへ」

「そうでしたか・・・」

ナギは、そうやって自分の女王さまは、故郷に似た場所を見つけたんだな、と思いました。


「お母さまは、元気でしょうか」

心配そうな目でたずねられ、ナギはにっこりとした笑顔を作りました。

「とても元気でいらっしゃいますよ。

なんせ、ボクみたいな変わり者でも、みんなと同じように育ててくれたんですから」


ナギにもう一度ほほんで、その巣の女王さまは、おみやげを持たせてくれました。

「この蜜は、ここらあたりにしかない花の蜜です。

お母さまも、喜んでくれるといいですが」


「ーー 助かります。

ボクも、故郷に帰るときのおみやげを、どうしようかと思っていたので」

ナギがそう答えると、まわりのミツバチたちは、楽しそうに笑い出しました。






みつばち『ナギ』のお話は、これでおしまいです。

あまり蜜を集めない、ちょっと変わったハチのナギは、そのあと、自分の巣に帰っていきました。


そして彼は、いつか仲間のために、たくさんの蜜をあつめるハチに変わっていったのです。

それは、「これからも、旅に出たくなれば行ってもかまわない」と、自分のしたいことを許してくれた、女王さまへの感謝の気持ちでもありました。


(・・・さあ、今日もいくぞ~!)

かれらミツバチは、さまざまな思いを胸に、今日も空へむかって、飛び立ってゆきます!






おわり

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