シャーク・サッカーVS悪徳寿司屋
糸賀 太(いとが ふとし)
第一幕
と、書かれたノボリが、弱い明かりに照らされて少し向こうに立っていた。ここは東京のとある路地。歩きの人間しか入らないような、高架鉄道そばの小路である。
身を切るように寒い冬の晩だ。終電を逃した上に、腹はぺこぺこ。俺は帽子をかぶり直し、コートの襟を改めて立てると、ノボリ目掛けて歩いていった。脳内プレイヤーで再生するのは、ごきげんなギターソロだ。
たどり着いた先は寿司屋だった。のれんが戸口にかかっているだけの店構えで、戸は磨りガラス。中は見えない。明かりだけが漏れてくる。値段を書いたお品書きもなければ、食品サンプルもない。昔ながらの寿司屋のようだ。
失礼ながら、冷蔵庫とエアコン以上のハイテクがあるとは思えない店構えで、ニューミールとは一体なんなのか。絶妙な温度管理でダシをとった潮汁でも飲めるのだろうか。レーザー焼印でネタにデューラーの版画でも書くのだろうか。それとも培養や代替の魚肉だろうか…。
なんとはなく期待をしながら、俺はのれんをくぐった。
「…いらっしゃいませ」
カウンターだけの狭い店で、出迎えたのは死んだ魚みたいな目をした若い店員だ。板前らしく割烹着を着ているが、服に着られているみたいで、ちっともサマになっていない。冷蔵ケースに入った寿司ネタは、ひと目見ただけで乾ききっていると分かる。
3Dプリンタや低温調理器はおろか、まともな板前もいないらしい。このごろウェブや新聞で報道されているようなキューブ状の寿司みたいな、時代の最先端を行く逸品は期待できそうにない。
一番奥の席に黒スーツの男がいて、スマホをいじりながら、ビールを飲んでいる。
よく見れば、黒服の男の胸元には「社員」と書かれた名札があり、板前の名札は「バイト」だ。
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