王太子のぼやき(一部妄想)

王太子レオンハルトは、自分用の執務室の机で頬杖をつき、何か深く考え込んでいた。

それはもう、かれこれ一時間ほどになる。


扉近くに立っているライナスも心配そうな表情を浮かべていて。

「レオン、どうした? さっきからずっと動きが止まっているが、具合でも悪いのか?」


脇で書類を整理していたケインバッハが、見かねて声をかけた。


「・・・ああ、心配しないで。何でもないから」


はぁ、と溜息を吐きながらそう答えても、説得力などありはしない。

だいたい、体勢を一ミリも変えないまま一時間も溜息を吐いておきながら、何でもない訳がないのだ。


「・・・本当に大丈夫か?」


心配そうに顔を覗き込むと「いや、本当に大した事じゃないんだけど」と前置きをしてから話を始めた。


「もうさ、夜会とかお茶会とか、嫌で嫌でしょうがないんだよね」

「・・・は?」


予想外の内容に、思わず聞き返す、


「だからね、最近、令嬢たちのアプローチが更にすごくなってきててさ、もう夜会とか恐怖でしかなくて」

「・・・はあ」


どう反応していいか分からず、曖昧な返事を返したケインに、レオンハルトは恨めしそうな視線を送る。


「ケインが婚約したせいでもあるんだからね?」

「・・・え?」

「ケインは気付いてなかっただろうけどさ、君を狙ってた令嬢たちって、結構たくさんいたらしいよ? それが突然、何の前触れもなしに婚約しちゃったろ?」

「あ、ああ・・・」

「君は僕と同い年で、僕はまだ婚約者探しの最中ときてる。結果、今まで以上の圧がこちらに向かっている訳さ」


頬を膨らませて文句を言いながら、その目は遠くを見ている。


「それは何というか・・・すまない」

「いや、これも仕方のない事なんだけどさ」


そう言ってまた、大きく息を吐いた。


「ご令嬢の方からぐいぐい来られるのって、なんか怖いんだよね。あれで好きになれっていう方がおかしいと思うんだけど」

「まぁ、それは分かる」

「でしょ? あーあ、カトリアナ嬢のデビュタントが今年だったらなぁ。いつも側にいてもらえるのに。・・・来年だもんなぁ。それまでは頑張って逃げ回るしかないよなぁ」

「・・・」


何故カトリアナ嬢を側に置く事が前提なのか、とか、他の令嬢たちと親しくする選択肢が最初から無いのはどうしてか、とか、来年まで誰も選ぶつもりが無いようだがそれで構わないのか、とか、聞きたい事はいろいろあるのだが、ここは取り敢えず黙っておくことにして。


「・・・そうか。大変だな」


まずは労うことにした。


「王族の義務は分かってるし、僕だってちゃんと探す気でいる。だけど、なんで皆あんなに猛烈な勢いで迫ってくるかなあ? 突進して来たら、誰だって本能的に逃げるに決まってるだろ?」


レオンハルトのぼやきは、まだまだ止まらない。


「こっちがちょっかい出して相手が恥じらう姿を見るのが堪らなく嬉しいんじゃないか。真っ赤になって俯くところとか、目が泳いであわあわしてるところとか、緊張して声が上ずったりするところとか」


・・・何故か、内容がやたらと具体的になってきた。


「普段はお淑やかで、控えめで、もの静かで、可憐な姿のご令嬢が、僕の言葉ひとつで途端に可愛く恥じらって黙り込んじゃったりしてさ。そういうところにドキドキするものなんだよ」

「まぁ・・・確かに」

「でしょ? ケインも僕の気持ち、分かってくれるよね? 用もないのにべたべた体を触ってきたり、半分目を閉じたみたいな目つきで寄ってこられても怖いだけだよね?」

「・・・同感だ」

「だよね? ああ、やっぱりケインは、分かってくれるんだね? それなのには大方の令嬢たちときたら、肩だの背中だの触ってくるし、勝手に腕を絡めてくるし、下手するとよろけた振りしてぶつかってくるし、足を挫いて歩けないから支えてくれとか芝居打つし」


ケインは、ちらりと扉の方に視線を向けた。

ライナスバージが、気の毒そうに頷いている。


もともとそういう傾向はあったものの、最近になって随分と悪い方に加速しているようだ。


「心が休まらないんだよね。どこに行っても令嬢たちが追いかけて来るしさ。かと言って、そうそう簡単に、夜会を休む訳にもいかないし・・・。ああもう、早く来年になってほしいなぁ・・・」


そう言うと、机の上にへたりと倒れ込んだ。


これは余程ストレスになっているらしい。


何故、カトリアナ嬢のデビュタントがレオンハルトの希望になっているのかは分からないが、ともかく、それが今のレオンハルトの唯一の拠り所である事は確かで。


いつも真面目に政務に取り組んでいる責任感の強いレオンが、書類を放ったらかしにしてぼやきまくるほど思い悩んでいる姿は、どうにも心が痛む。


「その・・・早く解決するといいな」

「本当だよ。ラファイエラスさまに頼んで、時間を一年早回ししてもらえないかな」

「え?」

「・・・冗談に決まってるでしょ。言ってみただけ」


あはは、と笑っているが、笑顔が虚だ。

きっと半分くらいは本心なのだろう。


それにしても、あれから色々と頭を捻ってみたものの、レオンハルトがカトリアナ嬢のデビュタントを心待ちにする理由は、結局、俺には分からず仕舞いだった。


ライナスの方は、温い眼差しで「さっさと告ればいいのに」などと呟いていたが、「コクレバ」とは何のことだろうか?


まだまだ勉強不足で、分からない事があるのが情けない。


だが、レオンが心から彼女のデビュタントを待ちわびている事だけは、俺もはっきりと理解した。

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