王太子の独り言
僕は基本、夜会というものがあまり好きではない。
義務感から出席はするものの、好みで出欠を決めていいのであれば、迷わず休むことを選ぶだろう。
令嬢たちから色のこもった眼差しを向けられるのも、不必要に肩とか腕とかべたべた触られるのも、偶然を装って待ち伏せされるのも嫌で嫌で仕方がなかった。
でも王族として、また将来王座に就く立場にある者として、伴侶を持ち、後継者を儲けることは義務でもあるから。
だから、婚約者探しなんて性に合わないことをもう何年か前からしていたんだけど。
そして、ようやく素敵な女の子に出逢って恋をしたんだけど。
・・・あえなく振られちゃったし。
まぁ、エレアーナ嬢が幸せそうだから、それでいいんだけどさ。
相手がケインだから、諦めもつくけどさ。
それに、エレアーナ嬢と交友を深めたおかげで、苦手意識を感じない令嬢たちとも知り合いになれたしね。
でもその令嬢たちも、一人はアイスケルヒがロックオンしてるし、もう一人はデビュタントもまだだから、結局、夜会での助けは当てにできない。
だから今夜も、僕は顔もよく知らない令嬢たちに囲まれて遠い目をしている訳だ。
ライナスは女性慣れしてないから、こういう時に上手く助け舟を出してくれるなんてこと、期待できないんだよね。
令嬢たちの黄色い声に囲まれ、早くも気が遠くなりかけたところに、一際目を引く二人が広間に現れた。
・・・ああ、やっぱり、凄く綺麗だな。
瞳の色に合わせた生地が、宝石が、妖精のような美しさを際立たせている。
折角のデビュタントだもの。
お祝いの言葉をひとつくらい、言ってあげたい。
令嬢たちに断りを入れて、人込みをかきわけるように進む。
美男美女のカップルは、皆の注目の的だ。
振られたとはいえ、こうして顔を合わせると、切なさもあるけれども、やっぱり嬉しくて。
令嬢たちに囲まれていたときに感じていた緊張も抜け、自然な笑みが零れた。
「やあ、いよいよデビュタントだね。とても綺麗だよ、エレアーナ嬢」
エレアーナはゆっくりと振り向くと、それはそれは艶やかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。レオンハルト王太子殿下もご機嫌麗しく。初めての夜会ですので、とても緊張してますの。親しい方のお顔が拝見できて、ほっとしましたわ」
諦めたよ。すっぱりきっぱり諦めたけど。
・・・やっぱり可愛いなあ。
仏頂面がデフォルトのケインが、にやけてるもんね。
「ケインはいいなぁ。エレアーナ嬢が夜会に出席できるようになったら、もう他の令嬢たちから囲まれても心配いらないもんね」
ちょっと恨めしそうな声が出ちゃったのは大目に見てほしい。
だって僕は、あと一年、踏ん張らなきゃいけないのだもの。
そう、頼みの綱のカトリアナ嬢のデビュタントまで、あと一年。
あと一年、その一年が、結構長いんだよね。
シュリエラ嬢も、今年がデビュタントだけどさ。
彼女のことは、昔ずっと追いかけまわされたせいか、ちょっとトラウマになってるみたいで、側にいると少し落ち着かない気分になったりする。
もうキツイことを言わなくなったし、落ち着きも出て来たし、雰囲気も柔らかくなったし、前とは違うってことは分かってるんだけど。
どうも無意識に緊張しちゃうみたいだ。
ライナスは昔のシュリエラ嬢を知らないから、全然平気みたいだけど。
ていうか、ライナスって結構鈍いよね?
多分、面と向かって罵詈雑言とか吐かれない限り、相手が怒ってるとか気づかないタイプだよね?
実際、ライナスと何とか親しくなろうと頑張っている令嬢も結構な数いるんだけど、本人はまったく気づいてなくて、もてなくてツライとか言ってるし。
優しくて、それなりに気も遣うんだけど、物凄く図太いとこがあって、抜けていて。
剣の腕が凄くて、頼れるお兄ちゃんぽいとこがあるかと思うと、大型犬を思わせる可愛さがあって。
意外と簡単にへこたれてしまう打たれ弱い僕にとっては、ある意味羨ましすぎる存在なんだ。
ああ、ほら、シュリエラ嬢も来たみたいだ。
リュークザインがエスコートしてるのか。
リュークザインも随分と表情が柔らかくなったよな。
前はいかにも愛想笑いです、って感じの笑みだったもの。
ライプニヒ家の将来を憂う空気から解放されたせいか、知的な印象はそのままに、さらに物柔らかさが加わって、目下、絶賛人気上昇中だ。
いや、笑みといえば、ここ最近の一番の変化はアイスケルヒだよね。
『氷の貴公子』の二つ名も今はどこへ行ったのやら、アリエラ嬢の前では相好を崩しまくりで。
アリエラ嬢の顔をじっと見て微笑むは、さりげなく腰に手をまわして周囲の男たちを牽制するは、もう、どこが氷ですか?って聞きたくなるくらい熱々だ。
密かに彼を狙っていた令嬢たちの悲嘆が物凄いことになっているの、本人は知ってるのかな。
今日なんて、ちゃっかり登場の時からエスコートで張り付いてるし。
これは婚約する日もいよいよ近づいてるのかもしれない。
あーあ、貴重な独身男性、数が減るとこっちの圧が増えるから困るんだよな。
そのとき、広間の扉が閉められた。
参加者はあらかた集まったようだ。
ホール中央に出てくる人たちもちらほらといて。
僕はといえば、じりじりと少しづつ下がって、計画通り、さりげなくバルコニーへと引っ込むことに成功した。
ふう、間に合った。
もうすぐ、曲が始まる。
ここからなら、会場で踊る人たちの姿もよく見える。
エレアーナ嬢がケインと踊るファーストダンスも、きっとよく見える筈。
ケインの嬉しそうな笑みも、エレアーナ嬢が恥ずかしそうに頬を染めて大好きな人を見つめる姿も、まだ少し胸は痛むけれども、僕は目を逸らしたりしない。
だって、きっと、とても美しい筈なんだ。
僕の大事な二人が、互いを想いあってファーストダンスを踊る姿は。
だからね、この特等席で、しっかりと見届けてあげる。
ほら、曲が始まった。
二人は滑るように踊りだす。
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