後
木々に囲まれた真っ暗な山道を、俺といずみちゃんは懐中電灯の明かりを頼りに歩いていた。
「ああ、面白かった。肝試しって案外楽しいですね」
「そ……そうだね……」……いや、違う。
肝試しは、本来こういうものじゃない。
「あら? あれ何かしら」
いずみちゃんは道の右側を指差した。
右に視線を向けると、木々の間で何かが光っている。
光はこっちへ近づいてきた。
「やだ!! 人魂よ」
確かに人魂だ。
どうせ、布にアルコールを染み込ませて火をつけて吊しているだけだろうけど……
「大丈夫だよ。いずみちゃん。どうせ作り物だって」
「そうなのですか?」
人魂は俺達の眼前を右から左へと通り過ぎる。
左側の闇に、人魂は消えて行った。
「よ……よくできた人魂ですね。希美ちゃんが作ったのかしら?」
あのバカにあんな物作れるものか。作ったのは昭君だろ。
俺達は人魂が飛んできた右側に視線を戻した。
そこにボロボロのワンピースを纏い、全身土気色の皮膚の少女が苦悶の表情を浮かべ立っている。
ゾンビ! いや違う! これは希美の変装だ。
それにしてはリアルすぎるような……
「きゃああああああ!! 出たあ!!」
いずみちゃんは悲鳴を上げて、俺に抱きついてきた。
希美! ありがとう。俺はもう死んでもいい。
「きゃああああ! ゾンビよ!」
「いずみちゃん。大丈夫だよ。あれは希美の変装……」
「しゃああああ」
ゾンビ少女は奇声をあげながら、両手を前に突き出して俺達の方へやって来る。
希美だと分かっていても怖すぎる。
俺はいずみちゃんを抱きかかえて走った。
走った。走った。走った。
走っているうちに東屋に着く。
振り返ったが、ゾンビ少女はいない。
「もうやだ!! 最近の小学生は何考えているのよ。あんな怖い仕掛け用意して」
「奴らを少し見くびっていたね」
東屋に置いてあった段ボールからお札を取ると、俺達はコースBを下り始めた。
「もう、出ないわよね?」
「大丈夫だよ、脅かし役は五人だけだから、帰り道には現れないって」
最初の三馬鹿で三人。ゾンビ少女と人魂で二人。もういないはずだ。
「じゃあ、あれは何?」
いずみちゃんの指さす先に、少し開けた土地がある。そこに人魂が飛んでいた。
その下にテレビの枠が置いてある。その後ろに発砲スチロールで作ったと思われる井戸?
テレビ? 井戸? この組み合わせは!
井戸の中から髪の長い白いワンピースの少女が這いだしてくる。
「ひ!」
いずみちゃんが小さく悲鳴を上げた。
井戸から出てきた少女はテレビの枠を四つん這いでくぐる。
「いたーい!!」
この声は希美?
少女が立ち上がると長い髪の鬘が落ちて、おかっぱ頭が現れる。
「なあんだ。希美ちゃんか……え?」
希美は俺の前に来て、右手を差し出した。
「お兄ちゃん、とげ刺さった。抜いてよ」
「ああ」
とげを抜きながら俺は聞いた。
「希美。おまえ、コースAからこっちへ来たのか?」
「え? 違うよ。あたしも昭君もずっとこっちにいたよ」
「昭君は?」
希美は後ろを指さす。藪の中で少年が人魂の付いた釣り竿をふっていた。
あれが昭君か?
俺は昭君の方へ行った。
「昭君。君達はコースAから、こっちへ移動してきたのか?」
「え? 違いますよ。コースAとコースBの間は沢があって危ないと言われていたし……」
「コースAに脅かし役は?」
「いたでしょ。三人」
「沙羅ちゃん達三人がいたのは知っているが、他には?」
「いませんよ」
じゃあ、コースAのゾンビ少女は……
「あれ? お兄ちゃん、どうしたの? 真っ青な顔して。ははあ、さてはあたしのS子に恐れ入ったな」
ゾンビ少女を見た近くの沢で、少女の遺体が見つかったのはその翌日の事だった。
まもなく、DNA鑑定によって、その少女が行方不明になっていた、希美のクラスメートと判明する。
遺体には酷い暴行の痕があり、義理の父親が逮捕された。
あの時、あの子は俺に何を伝えたかったのだろう?
了
きもだめし 津嶋朋靖 @matsunokiyama827
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