第16話・異極惑星【バイ・カラード】水球惑星に沈む?〔ラスト〕

 グリーン・カラードのデュラ・ファンと、レッド・カラードのヴァン・パイルは、自国の建物中で通信機を通して怒鳴り合いながら会話を続けていた。

 窓ガラスに張りつき蠢く昆虫に脅えながら、デュラ・ファンの怒声が響く

「うわぁ! 虫が、虫がぁ! この建物に向かって、昆虫や得体が知れないモノが、戦艦や戦車と一緒に向かって来ているんだぞ! これは、明らかな侵略行為だ! 取り決めた通りに武器をよこせ! 腰抜けのイエロー・カラード兵は逃げ出した!」


 空から次々と落ちてくる宇宙戦艦や宇宙空母に恐怖しながら、ヴァン・パイルも怒鳴る。

「そっちこそ、レッド・カラードが侵略されたら守ってくれるんじゃなかったのか! 現在、工場は稼動停止! 武器を送るルートも通行できない! 作業員はストライキだ! ひーっ、また人型の汎用機動兵器が落ちてきた!」


 グリーン・カラードの大地に、スタぺリア・ザミアが操るアメーバ状の粘菌が進行した後方には。

 細い茎の上に、金属光沢の美しい胞子球が乗った、巨大胞子の林が生えていく光景を。

 幻龍の甲板でデッキチュアに座り、眺めている美鬼が呟く。

「いつ見ても美しい光景ですわね……きょっほほほっ」

 その時──大気の流れが変わったのを、美鬼は感じた。

 接近する水球惑星の影響に、美鬼が軍人ゲシュタルトンへ指示を出す。

「ゲシュタルトン、全軍に撤退指示を出しなさい……時間稼ぎする目的は果たせましたわ、あとのコトは水球惑星の自然に委ねますわ……きょっほほほ」


 惑星バイ・カラード星域の宇宙空間に浮かぶ、極楽号のレオノーラも、バイ・カラードに急接近する水球惑星の存在を、裸眼で確認していた。

 極楽号からも惑星バイ・カラードの重力場変化は確認できた。レオノーラが、ディアに指示を出す。

「仁さんと、ナユタに惑星からの撤退を連絡……水球惑星は、あたしたちには何もしてこないと思うけれど念のために、星域からの離脱準備を」

 水に包まれた細胞のような水球惑星から、三本の水の流れがそれぞれ。

 グリーン・カラード。

 レッド・カラード。

 イエロー・カラードの三方向へ向かって生き物のように伸びていくのが見えた。



 イエロー・カラード民の村──セレナーデは、その光景に身動きができなかった。

 空から伸びてきた生きている水流が、円盤型の法律事務所近くに立っていた、サクリ・ファイスを包み込んだ。

 水に包まれたサクリ・ファイスは、苦しむ様子もなく何かを悟っているような笑みを水の中で浮かべている。

 セレナーデは、妹のレオノーラから聞いた話しを思い出す。


「水球惑星は、銀牙をさ迷い……渇いた星には、海を与え生命を誕生させ──なんらかの理由で、知的文明が発展した星に引き寄せられた時は、あるモノを欲して……その願いが叶えられない時は、大洪水を起こして星を滅亡させる」


 そして、水球惑星が知的文明が芽生えた星に求めるのは『生け贄』その惑星の最高指導者、昆虫社会に例えれば女王のような存在……イエロー・カラードで水球惑星が求めているのは、水の眷族を崇めている、生け贄少女『サクリ・ファイス』


 グリーン・カラードでは悪宰相『デュラ・ファン』

 レッド・カラードでは鬼畜党首『ヴァン・パイル』が、水球惑星が求めている生け贄だった。


 サクリの体が水の中で透き通り、同化がはじまる。微笑むサクリの言葉が水を通してセレナーデの耳に届く。

《あ・り・が・と・う……法律の先生》

 完全に水と一体化したサクリ・ファイスを包んだ水のスジは、水球惑星へと生け贄を得て戻っていった。

 セレナーデは、空の彼方に点になって消えていく、水塊をその場に座り込んで震えながら眺めた。


 グリーン・カラード──女性宰相デュラ・ファンは、建物中に突如現れた水の怪物に悲鳴んを発していた。

 窓外の虫が一斉にいなくなって、しばらくすると建物の天井や壁の隙間から水が滴りはじめ、やがて水は液体の魚人へと変わる。

「ひっ!?」

 向こう側が透けて見える水の眷族──デュラ・ファンが放つ弾丸も、魚人の体を通過するばかりだった。

 囲み迫ってくる水の魚人の水掻きのある手が、デュラ・ファンの肩に触れると、触れた箇所が水のように透明になる。

 恐怖に絶叫するデュラ・ファン。

「うわぁぁぁぁ!」

 魚人たちに包まれた、巨大な水滴の中で、デュラ・ファンの体は液体化して水の眷族と同化して、空へと消えていった。


 レッド・カラード──女性鬼畜党首ヴァン・パイルは、地下通路を突然現れた怪物から逃げていた。

 壁や天井の亀裂から、滴る水滴はやがて細い水の流れに変わり、水の眷族の液体魚人が次々と地下通路に現れる。

 逃げてきたヴァン・パイルは、袋小路に追い詰められる。

 迫ってくる水の魚人、ヴァン・パイルは落ちていた金属パイプを拾うと、魚人に向かって振り回す。

「く、来るな! 化け物ども!」

 金属パイプは、水の魚人になんのダメージも与えられない。

「ひっ!」

 距離を狭められ、水魚人の塊に包み込まれたヴァン・パイルは、水球惑星へと連れ去られた。


 三人の生け贄を得た、水球惑星はバイ・カラードから遠ざかり、漆黒の宇宙へと去っていき。

 極楽号とナラカ号も、広大な宇宙へと次の冒険を求めて去っていった。


 イエロー・カラードに着陸している、移動法律事務所の自分のデスクで消沈して、自分の非力を悔やんでいるセレナーデに、鬼の所長がカッブに入ったホットココアを差し出して言った。


「あの、最後の生け贄少女は、最初から覚悟を決めていた。後悔はしていなかったと思うぞ」

 顔を上げてココアをすするセレナーデ。

 所長の話しは続く。

「生け贄の子は古き生け贄の風習を自分で終わらせて……君にバイ・カラードの新たな世界を託したんじゃないかな」

「託された?」

「グリーン・カラードとレッド・カラードの最高指導者がいなくなれば……新たな秩序が必要になる、君が受けた依頼はまだ終わっていない……忙しくなるな」

「そうでしたね……まだ、あたしにはやらなければならないコトが、この惑星に残っていました」

 床の掃除をしていた一つ目のメイドが、単眼から溢れた涙の滴を指先で拭う。

 ココアをすする、織羅・セレナーデの瞳は、強い気持ちで輝いていた。


異極惑星【バイ・カラード】水球惑星に沈む?~おわり~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る