彼は成功者

いずみつきか

第1話

 36歳になった今、身近な知り合いたちを見回してみた時、間違いなく一番の「成功者」と言えるのは、高校時代の親友だった高木秀人たかぎひでひとだろう。


 学校の成績は中の中。運動神経が優れているわけでも、特別に愛嬌があるわけでも、ものすごくモテるわけでもない。クラスメイトと日常会話はしても、クラスのリーダーというわけではない。

 地味過ぎず、しかし派手すぎもしない。そんな中途半端なポジションで馬が合い、教室の中心とも隅ともつかないところで、僕と、高木と、他数人で、仲良く男4、5人つるんでいた。


 大学を卒業してからは疎遠になり、彼は地元の京都、自分は東京で会社員でそれぞれ会社員になったものの、社会人になって1年が経過したある日、突然「会社辞めるわ」と連絡があった。

「会社を辞めて、転職?」僕は訊ねた。

「いや、ゲーム作る。フリーで」彼は答えた。

 確かに僕たちは高校時代、ハマったゲームの話をしたものだし、ゲーム自体は大好きだった。しかし、会社勤めを辞めてまでのめり込むものとは思っていなかったし、まして作るなどといったことは考えもしない――はずだった。

「なんでまた突然。会社辞めても大丈夫なの?」

「実家に戻るだけだし、問題ない。とりあえず2年はいいって、親が」

「それにしてもゲームって。そんなに好きだったのか。ゲーム会社勤務ってわけじゃなかっただろ?」

「関係ない。普通のエンジニア。まあ、ゲームは好きだったよ」

その「好きだったよ」程度なら、自分だって好きだったよと言いかけて止めた。

「なんだかわからないけど、とりあえず応援はするよ。また戻ったら飯でも行こう」

「おー。行こう行こう」


そんな口約束から、早いもので13年が経った。

その間に、彼の作ったゲームの幾つかがApp Storeに並んでは消え、数十回ものサイクルを繰り返した末、いつの間にか「ゲーム会社社長」となった彼の顔を様々なニュースメディアで見るようになり、今では僕のiPhoneにも彼の作ったパズルゲームが並んでいる。

僕の職業もエンジニアだったが、仕事が大嫌いな僕から見れば、数十回もゲームをプログラミングする苦痛は想像を絶している。彼はそれを繰り返し行い、さらに作るゲームの精度も磨き上げなら、ほぼ独力でゲームクリエイターとして成功したのだった。


そんな事実をしみじみ噛みしめながら、

「ほんとに立派なクリエイターになっちゃったんだな」と、久しぶりに地元で再開した高木に、僕は芋焼酎を酌む。

「そんな大したもんじゃないよ」

「大したもんだろ。それにしても、びっくりだけどさ」

ぐい、と一気に酒を煽る彼は、見た目は僕と変わらない、ありきたりな36歳だし、中身は中途半端な男子高校生だったあの頃のまま、あまり変わっていないのだと感じてしまうのだが。

「ゲームも作って、会社も経営して。大学でそんなことやってたっけ?」

「いや、全然。働き始めてからだよ、いろいろ勉強したのは」

それで上手く行くものなのか、と僕は不思議に思いながら、

「高木、頭良かったんだな」と、何気なく言葉を続けた。

「いや……」

高木は、そんな僕の言葉に、少し言い淀み、10秒ほど、どう答えたものかと考えるように黙ってから、

「やってみてわかったんだけどさ」と再び口を開いた。

「やってみてわかったんだけど、頭のよさって関係ないんだよ」

「でも、作るのも経営も難しいんじゃないの?」

「ゲームを作るのは勉強って感じ。だけど、何を作るか決めたり、会社経営したり、ゲーム作り以外の部分は、頭じゃない」

そして行動でも、瞬発力でも、判断力でも、知識量でも、戦略性でも、優しさでも、統率力でもない――そういうことじゃなくて、と高木は続け、

「じゃあ、何が大事なの?」と僕が尋ねると、


「執念だよ」


たった一言、高木は答えた。


その時の僕は、そういうものなのかなと思った程度で、「久しぶりに旧友と話せて楽しかった」くらいの感想しか持たなかったし、そのあとに彼が語った「執念」の源についても、酒が入っていたこともあってあまりよく覚えていない。とにかく、僕から見れば実に大したことのない、些末に思えるエピソードだったのだと思う。

けれど、最近色んなところで見かける彼の表情や目つきが、少しずつ僕の知らないものに変わりつつあることに気付いた時、「あいつ、遠くに行っちゃったんだな」と思い、彼の語った「執念」という言葉が、「想い」や「願い」や「夢」でなかったことが、なんとなく腑に落ちたのだった。


もし次回、また会えたとしたら、その時に出会う高木は、僕の知っている高木だろうか。

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