秋乃は立哉を笑わせたい 第8.5笑 ~サンタが貰ったプレゼント~

如月 仁成

第1話 お人形は誰の物?



 俺は、海賊船の船長だ。



 行き交う人の荒波に。

 どっしりいかり代わりのリュックを沈めて海路を見上げる。


 聞き覚えのある島を繋ぐ環状の海路は安全なグリーン表示。

 初めて聞く島を繋ぐ東西に横たわる海路はやや危険なイエロー。


 どこにだって行っていい。

 どこにだって行ける。


 その高揚感と共に思いを馳せれば。

 あっという間に、すべての最果ての島で。

 それぞれの宝を手に入れるための冒険譚が頭に浮かんだ。


 北の果てでは恐竜が守るゲーム機を。

 西の果てでは山賊が持つサッカーボールを。


 俺はリュックの中の道具を駆使して。

 勝利の雄たけびと共に奪いとる。


 

 ……だが。

 南東へ向かう海路。


 あそこは危険だ。



 最強の敵ばかりが跋扈ばっこする。

 真っ赤に染まった怪しい海路。


 そこに横たわる島の名前を。

 一つ一つ確認する。


 越中島。

 きっと中くらいの島だ。


 葛西臨海公園。

 西、海。

 他の字は分からないけど。

 海の中の公園か?


 それぞれがどんな島か。

 空想しながら進んだ先で。



 俺は。


 夢にまで見た島の名前を発見した。



「舞浜…………」


 

 三つの海路を継いだ先。

 赤い海路の中ほどに眠る島。


 テレビでしか見たことのないその場所が。

 俺の脳裏に鮮明に浮かび上がる。


 夢のようなアトラクション。

 誰もが幸せそうに歌う島。


 だが果たしてあそこは。

 初の航海で選んでいい場所なのか。


 前から四番目という、自分の背丈に合った島を目指すべきではないのか。


 リュックを握る手に力がこもる。

 葛藤と戦ううちににじんだ汗が額を伝う。


「……いや」


 俺は決断した。

 心の中で錨を上げた。


 船長は俺だ。

 俺が全てを決めていいんだ。



 野郎ども、覚悟はいいか! 

 抜かるんじゃねえぞ!



 重たいリュックを背に背負い。

 ポケットから航海に必要な金額を機械に滑り込ませる。


 ポイントになるのは、二カ所の乗り換え。

 そこをしっかり胸に刻むと。


 荒波と荒波の間に挟まって。

 港へのゲートに向かう。


 この先に広がる大海原には。

 どんな冒険が待ち受けているんだろう。


 どんな出会いが待っていて。

 どんな敵が罠を仕掛けているんだろう。


 高まる期待は不安を軽く凌駕して。

 弱気な逃げ腰は勇気が吹き飛ばす。



 ……さあ。

 ひとつ前の荒波がゲートを越えた。


 次は俺の番だ。


 俺は夢の場所へとつながる一枚の羅針盤を改めて握りしめ。


 前の人と同じように。

 ゲートに設置された四角いマークに。

 気合を込めて、ぎゅっと押し付けた。




 ……俺の冒険は。

 いきなり、ゲートに阻まれた。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第8.5笑


  ~サンタが貰ったプレゼント~


  第1話 お人形は誰の物?



 緑と赤のおぼろ月。


 東京では派手に塗り分けられる二つの色が。

 ここでは白いフィルターに淡く滲んで柔らかな印象を受ける。


 その対照的なイメージを言葉にすると。


 都会では恋人の色。

 ここでは家族の色。


「昼には止むって言ってたっけ」


 ふわりと頼りなく舞う綿の気持ちになってみれば。

 黒っぽい地面より、そこにしがみつきたくなるのもよく分かる。


 でも、お前達のせいで笑い物。

 目の前のツリーはすっかり白く着ぶくれて。

 見上げる人たちの目尻にシワが寄る。


 鈴の音と笑い声。

 街中に弾む息が世界を白く染めて。


 世界が幸せな日。

 世界が幸せであることを誰もが願う日。


 メリークリスマス。


 俺は日本という平和な国に生まれたことを。


 心から…………。




 嘆いていた。




 ――誰が言い出したんだろうな。

 この手前勝手な仕組み。


 世界じゃどうだか知らんけど。

 日本じゃ定番のよくある儀式。


 きっとこいつを発案したやつは。

 グループのリーダー的な存在で。


 友達が何十人もいるから。

 これがベストアンサーだと感じたんだろう。


 でもな、人気者。

 お前はもっと他人の気持ちになって考えるべきだ。


 スクールカースト最底辺に長いこと居座っていた俺たち。

 人付き合い苦手組には。

 ちょっとした罰ゲームだっての。


 駅前からこっち。

 いわゆる、おしゃれな店が建ち並ぶレンガ敷きの道を二往復してみたが。


「まっっっっっったく思いつかん」


 オーナメントが巻かれた植え込み。

 その縁に腰かけて足を投げ出して。


 目の前を右へ左へ歩く人たちの。

 手にした箱の中身を透視できないものかと真剣に考えた。



 明日はクリスマスパーティー。

 プレゼント交換用の品を探すために遠出した俺だったが。


 よく考えてみたら、そんな物。

 今まで一度も買ったこと無いわけで。


「…………携帯の情報もピンと来ねえし」


 電子マネーとか言われても。

 アプリダウンロードコードとか言われても。


「あいつら揃ってアナログだからな」


 そんなあいつら。

 友達に、今まで何度も買ってきて。

 今回も簡単にプレゼントを選んだであろうみんなの顔を。


 灰色の空に思い描いてみる。


 甲斐は誰もが思いつかない、センスのいい品を持ってきそう。

 きけ子は、男子なんてお構いなしに女子向けの品だろうな。


 王子くんは、ちょっと想像つかないが。

 その反面、姫くんは絶対芝居関係の何か。


 そして秋乃は…………。


「ああ、忘れてた。これを先に買うか」


 親父とお袋が帰って来たから。

 二人の面倒は任せて出てきたわけなんだが。


 当然、まだ起きるわけにいかない秋乃。

 あいつもプレゼントを準備してないらしく。


 俺に買ってきてくれと頼みながら渡してきた小さなメモ紙。


 まだちょっと熱があるようだな。

 だって、その時に言ったあいつの言葉。



 プレゼント交換用だから。

 メモの中身は見ちゃだめよ。



「どうすりゃええっちゅうねん」


 俺はポケットから紙を取り出して。

 一瞬躊躇してから。

 少しだけ合わせを開いて覗き見る。


 まるで、秋乃の秘密に手をかけている気分。

 罪悪感より勝るドキドキ感。


 少し多めに漏れる息が。

 自分の視界を曇らせるから。


 より一層チラリズム的な、モザイク的な興奮いやいやそうじゃねえ。


「読まなきゃ買えねえし! そんだけだし!」


 そんな独り言に。

 誰もが一瞬足を止めて見つめて来たけど。


 関わり合うべからずと言わんばかりに。

 足を速めたその理由。


 だって、俺。

 メモの中身を見たせいで。

 思わず阿吽像の、『阿』の方と同じ顔。



 ……几帳面な、筆跡鑑定もいらない文字。

 秋乃の容姿がそのまま描かれているような美しい写実画。



 紙に書かれた六文字の芸術作品。

 その正体は。



 『硝酸エステル 』



「うははははははははは!!! 知らんわ!」


 孫に電話で頼まれたクリスマスプレゼント。

 おばあちゃんが、何のことかわからずに言われるがままデパートで買うことが多いと聞く。


「それで欲しかったものとちょっと違ってて。こんなの違うとか泣き叫ばれた時のばあちゃんのショックをこの年齢で味わう訳にいくまい」


 まあ、俺がばあちゃんになることは一生ねえけどな。

 とりあえず今日のとこは。

 命令通り、中身を見なかったことにしよう。


 俺はメモをポケットに押し込むと。

 二人分に増えたプレゼントをとっとと決めるべく。


 意を決して、正面に建つファンシーショップの小さな階段を駆け上って……。



 途中でUターン。



「せっかくおこしたやる気がポキン」


 だって店内に見覚えのある水色頭。

 あいつも明日のプレゼント選びか?


 知り合いがいたら、照れくさい。

 俺はすぐさま逃げ出して。


 でも、階段を一段下りたところで完全停止。


 前門の虎に背中を向けた後門に。

 単子葉植物。


 ……パラガスの野郎がうっとうしいほど長い手をひらひら振っていた。


「ぐうぜ~ん! でも良かったぜ~、一人で入るの抵抗あったからさ~!」

「こら! 引っ張るんじゃねえ!」

「お? 夏木もいる~! 頭、寒そ~!」

「げ。……街に一番似つかわしくないヤツとエンカウント」

「ひでえな~。どこが俺に似つかわしい~?」

「フライパンの上。バターを添えて」

「網焼きの方が良くね~?」

「保坂ちゃんも一緒なのね?」

「ああ。……醤油を添えて」

「網かフライパンかって話じゃなく」


 外で偶然会っただけ。

 そんな内容から始まった世間話は。


 ドア前だってのにお構いなしに。

 明日のパーティーのことから。

 次第にバスケと甲斐の話に移り変わって。

 そのうち、きけ子とパラガスによる頭の悪い口喧嘩へ姿を変える。


 さすがにお客さんが揃って。

 阿吽像の『吽』の顔になったから。


 俺は無関係を装って。

 慌てて店を出た。


 やれやれ、ひでえ目に遭った。

 ぜってえクラスメイトと一緒に街なんか歩くもんじゃねえ。


 だって、うちのクラスって。

 まともな奴一人もいねえからな。


「あっは! 保坂ちゃん、偶然だね!」

「ウソですごめんなさい王子くんはまとも!」

「え? まとも?」


 階段下りたところで。

 今度出くわしたのは王子くんと姫くん。


 二人もここ来てるとか。

 もっと前から準備しろよプレゼント。


 他人のこと言えた義理じゃねえけどさ。


「交換用のプレゼント買いに来たのか?」

「あっは! 違うんだよこれが! 姫ぴ、東京のあの人に何送ったらいいか分からないってめそめそしてたからあいたあああ!!!」

「誰が姫ぴだ!」


 いつもの夫婦漫才。

 通行人の掴みはばっちり。

 誰もが硬直して足を止める。


 そして観客の視線が集まったところで。


「おお! いと白きツバメよ! その翼は雪にも負けず、あの方の元へ我が想いの欠片を運んでくれようというのか!」

「この王城より北の地に飛んだことはございませんが、きっと王子様の熱い想いが降りしきる雪を解かしてくれましょう。……ただ、私の心がそれ以上に冷たくなることさえ無ければ」


 バカが二人。

 ファンシーショップの階段使って。

 エチュード始めやがった。


「それはどういうことだ? 君の心は、かの地を覆う氷のように冷たくなってしまったと言うのか?」

「私はツバメ。人間の、しかも王子様のおそばにいたいなど、そのような想いを抱く訳にはいかないのです」

「何を言うのだ? ずっと私のそばにいればよいではないか!」

「ああ! なんと優しくて残酷なお言葉なのでしょう! 王手様、違うのです……、違うのです!」


 そして手に手をとって、切ない恋の歌を。

 高らかに歌い出すバカ二人。



 さっき、王手くんはまともって言った言葉。



 撤回!



 誰もが足を止め。

 息をのんで見守る即興劇。

 ミュージカル仕立ての、クリスマス限定特別バージョン。


 ロケーション、シチュエーション、テーマ。

 どれを取っても完璧な所が。


 呆れ返るほどほんとにバカ。


 俺は、瞬きすら忘れて見守るお客さんの間を縫って。

 お店の人に怒鳴られる前に逃げ出した。



 やっぱり。

 うちのクラスには。


 俺以外にまともなヤツなんて一人もいない。

 改めてそんな事実を知ることになった。




 …………だれだ今笑ったの。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 せっかく昨日。

 答えを貰ったのに。


 レールはどこへ切り替えても構わないと知ったのに。


 結局、そのレールを。

 どこへ切り替えたらいいのか分からない。


 走るトロッコは電動のはずなのに。

 寂しく蒸気の尾を引いて。


 すれ違う車両が楽しそうに走る姿を。

 恨めしく見つめているばかり。


 だからだろうな。


 他人の視線を避けているうちに。

 気付けば、新雪に靴跡を残して歩いていた。


 やれやれ。

 まいったなこりゃ。


 重くなった足を止めて。

 天を見上げながら自省する。


「……なにやってんだ俺は」


 気付けばオフィスが建ち並んだ商業エリア。

 こんなとこに来てどうする気だ。


 今の俺は。

 あの灰空と同じ。


 こんなに白い雪を散らすのに。

 お前はどうしてそんな色をしている。


 こんなに楽しいプレゼント選び。

 俺はどうしてこんな気持ちでいる。



 ……ビジネスホテルの壁に沿った道端で。

 やっぱり、俺に普通の友達付き合いなんて。

 無理なのかしらと考えていたら。



「うわっ!?」



 ホテルの上から叫び声が聞こえたと同時に。

 何かが落下してきた。



 普段なら。

 逃げる以外の選択肢なんかないはずなのに。


 気付いた時には。

 毛糸の帽子を両手で伸ばして。


 シャーベット状の地面で。

 まさかのスライディングキャッチ。


「つめてっ!」


 なんとか帽子とお腹でキャッチできたこれ。


 なんだ?


「あ、ありがとう! 今下ります!」


 上から聞こえてきた声が。

 下開きの窓から中に消える。


 四階から落として。

 三階の窓も下が開いてたからそこでバウンドして。


 植え込み越えて。

 歩道まで飛んで来たのか。


「なんたるラッキー」


 いや、俺にはアンラッキーだけど。

 雪解けがパンツにしみ込んで。

 いてえのなんの。


「お、お待たせしました! ほんとにありがとう!」


 すると、ホテルから飛び出したおっさんが。

 宿のスリッパをばっしゃばっしゃ言わせて近付いてきたんだが。


 痛いだろうに。

 そんなに慌てなくても。


「ああ、気にすんな。勝手にキャッチしただけだから」

「なんてお礼を言ったらいいか……、娘へのプレゼントなんですよ」

「そりゃよかった。多分無事だ」


 おっさんは、俺のニットからプレゼントを取り出すと。

 箱が痛んでないことを見て心底安心してる。


 いやいや。

 仮に壊れたって。

 買い直せば済むだろう。


 そう考えていた俺は。

 おっさんの言葉を聞いて。

 文字通り冷や水を浴びたような心地になる。


「本当に良かった……。これ探すのに、半年もかかったものですから」

「え? 半年?」

「はい。夏に会った時にね、せがまれたブローチなんですよ」


 そう言いながら向けてくれた笑顔は。

 こけた頬と無精ひげの向こうに。

 あたたかな、父の優しさが溢れていた。


「珍しい品らしくて、探し出すのも苦労しました……」

「今どき、そんなことあるんだ」

「でもその時約束しちゃったもので、どうしてもあげたくて。クリスマスには間に合わなかったけど、なんとか年内には届くでしょう」

「間に合わない?」

「ええ。娘は、フィンランドのラップランド、ロヴァニエミにいるものですから」

「とおっ!?」


 ラップランド!?

 まじか。


 ……え?

 国際結婚なのか?


 姫くんより、断然遠い遠距離恋愛。

 いや、恋愛って言うか。

 家族別々のとこで暮らしてるわけだけど。


「これ、ほんとに高価な品で。旅費を削ることになったから直接渡せなくなったけど……」

「はあ」

「ああ、ごめんね? つまらない身の上話なんかして……。お礼もできないけど、本当にありがとう!」


 そう言いながら。

 ホテルへ戻って行ったおっさんの背中を。

 呆然と見つめていた俺は。


 つまらなかった訳じゃなくて。

 あまりのことに驚いて。

 気もそぞろになってただけなんだが。


「……もっと、話を聞ければよかったかな」


 遠くに暮らす家族。


 よく考えてみれば。

 うちも、お袋だけ東京暮らし。


 姫くんと先輩は。

 遠距離恋愛始めたし。


 今は、会いたくなったらいつだって画面越しに会うことができるけど。


 どんな気持ちなんだろうな。

 そばにいないって事。


「礼もできねえ、か。十分すぎるアイデア貰ったってのに」


 ラップランドの女の子。

 さっきの店に、そんな人形あったよな。


 ……あと。


「ブローチ、ね」


 俺は、ようやく目的の駅へレールを切り替えると。

 今度こそ、意気揚々と。


 光り輝くレールを歩き出した。



 …………そして。



 店員から。

 びしょびしょマンと陰口をたたかれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る