ハッピー・ディスタンスアビリティ ~僕と死神の三日間について~

天野行隆

第1話 プロローグ

 大手匿名掲示板の間でまことしやかに語られる「けどなる仮説」をご存じだろうか?


 端的に言うのなら、Aが出来るけど、Bになる仮説のことだ。以下は例である。



「押すと十億円貰えるけど、原爆投下前の広島にタイムスリップしてしまうボタンがあったら?」


「一番多く読んだ漫画の世界に転生できるが、その世界で特定のフラグを回収しないと死亡するとしたら?」


「三億円貰えるが、一年間プロ野球選手として一軍に残り続けないと死亡するとしたら?」


 このような「けどなる仮説」は大手匿名掲示板にのみならず、個人サイトやSNSでも話題になっている。当然ながらこれは仮説であり、叶うものではない。そのような絵空事を信じ続けるのは人生を諦めている人間だけではないかと思っている。ちなみに「けどなる仮説」という言葉を作ったのはほかならぬ僕だ。


 人間というのは空想に生きる種族だ。当たりもしない宝くじを買って大金が当たったら何をしようかなんてことを平然と考える。現実に目を向けることがそんなに辛いのなら終了させる手段などいくらでもあるというのに。


 五億年ボタンという話を聞いたことがあるなら、いかに人間が馬鹿げたことを考える生き物かというのがわかるだろう。説明すると以下のようになる。


「ボタンを押すと自分以外何もない空間に飛ばされ、そこで五億年という時間を体験する。五億年が経過したら元の世界に戻され、現金で百万円が貰える。なお、五億年を体験する間に身につけた能力や知識は元の世界に戻った際に強制的に忘れる」


 こんなボタンがないことは承知の上だが、なぜかその世界に飛んでボタンを押したいと願う人間が一定数いることに驚かされる。創作の話ではよくあること。だが、現実では目先の現金に囚われて人類が体験できないような途方もない無限の退屈を選ぶのだ。


 そんな僕に機会がやってきたのはつい最近のことだ。そのことを記したいと思う。

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