第21.5話(3)対令正高校戦ハーフタイム~仙台和泉ベンチ~

<和泉ベンチ>


「……1点リードを許しちまっているというのは、もちろん良くはねえが、最悪というわけでもねえ、むしろ格上相手にお前ら臆せずよくやっているよ」


 ベンチ前に座り込む選手たちの前をゆっくりと歩きながら春名寺が淡々と語る。


「……とはいえ、なにか動く必要があると思います」


 緑川が口を開く。


「まあ、そう焦るなよ、キャプテン……まずは前半を振り返ってみるとしよう……相手にペースを握らせず、上手く試合を進められた。守備はヴァネと神不知火を中心に良く守っていた。司令塔の椎名に対しても、ほとんど仕事らしい仕事をさせなかった……最後にやられちまったが、あれは向こうを褒めるべきだ。引き摺らずに切り替えていけば良い」


「渚さんの動き出し……完全に振り切られてしまいました……まさしく全国レベルでした」


 神不知火が俯き気味に呟く。春名寺が笑う。


「おいおい、そこは自分の想定を超えるプレーヤーとのマッチアップを喜べよ」


「しかし、このままでは後半、やられっぱなしになってしまう恐れもあります。そんな状況で素直に喜べませんよ」


「ふむ……あの渚ってのはオフザボール、ボールの無い所での動き出しに長けている。相手の誰かがボールを持っているとき、守備側ってのはどうしてもボールに一瞬目をやってしまう、その時に生じた隙というか、エアポケットに入り込むのが抜群に上手い……こういうタイプを止めるのはなかなか難しい……」


「で、では、どうすれば?」


 マネージャーの小嶋が尋ねる。


「……試合から消すことだ」


「消す……ですか?」


 神不知火が手で印を結ぼうとする。春名寺が慌てて止める。


「おっと! 妙ちくりんな術は使うなよ、反則になっちまう……なんの反則か知らねえけど……話は戻すが、あの渚ってのは言ってみれば“ボールの受け手”だ」


「……つまり“ボールの出し手”を抑える?」


 緑川が呟く。春名寺が頷く。


「そういうことだ、ボールが出て来なかったら、そもそも動きようがねえだろ」


「司令塔の椎名さんを徹底マークすればいいということですか?」


 小嶋が問いかける。


「徹底マークというのは難しい話だが、要は中盤の攻防をどう制すかってことにつながるな」


「……ウチにボランチの位置で椎名を警戒しながら攻撃もしろってこと?」


 菊沢が顔をしかめる。春名寺が笑みを浮かべる。


「もちろん、それをやってくれたら最高なんだが、そういうわけにはいかねえよな?」


「……情けない話だけど慣れない守備に奔走して、攻撃に移ったときに余力が無いわ。ボランチの位置からロングキック一本蹴って、そうそうチャンスが生まれるわけじゃないし……」


「そう、それをやり返したいんだよ」


 春名寺が頬杖をつく菊沢を指差す。


「……は?」


 菊沢は首を傾げる。春名寺は話を続ける。


「椎名と並んで向こうの中盤のキーパーソンは米原だ。ある意味、椎名より厄介かもな……こいつをボランチの位置に押し込め、守備に奔走させ、攻撃に出来る限り関与させないこと……それが後半の大きな狙いだ」


「そんなことが出来るの?」


「出来る。こちらのボール保持の時間を増やすんだ。前半の立ち上がりを思い出せ、悪くない試合運びが出来ていただろう?」


「中盤のポジションを戻すっていうこと?」


「そうだ、まずは菊沢、お前はサイドハーフに戻れ。あの位置で攻撃をリードしろ」


「……」


「確かに、前半の途中までは米原さんも菊沢さんのことを警戒していて、あまり攻撃に絡めていなかった印象です」


 無言の菊沢に代わって小嶋が答える。


「そう、全国レベルの激しいプレッシャーが来るが、なんとか踏ん張ってくれ。あそこで攻撃の起点が作れたら、米原と言えど、守備を優先的に考えざるを得なくなる」


「……それは良いとして、米原は全国レベルのボランチ、自陣の低い位置でボールを奪っても、推進力のあるドリブルで持ち上がることができたり、局面を一発で打開することのできるサイドチェンジがある。それについてはどう対応するの?」


「そいつは中央に戻った丸井が対応する。な?」


「あ、は、はい……」


 突然の指名を受け、丸井は戸惑いながらも頷いた。緑川が尋ねる。


「……それで中盤の攻防戦は優位に立てると?」


「待て待て、何ごとも連動だ、前線の組み合わせを少し変える」


「交代ですか?」


「そうだ、悪いがアフロ、下がってくれ……疲れもあっただろうからな、今日はお前の日じゃなかった、気にするなよ。そのポジションには姫藤、お前が入れ」


「えっ⁉ アタシですか?」


 姫藤が驚く。春名寺が頷いて説明を続ける。


「イメージは1.5列目って感じだな。長沢と合田の間でボールを受けろ。密集地帯でキツいと思うが、上手くかき回してくれ。何度ボールロストしても構わん。ボールを受けたら、とにかく前に向かえ……それを繰り返していけば相手のDFラインも下がったり、やや乱れたりする……かもしれん」


「希望的観測なんですね……要は切れ込んでいけと……分かりました」


「DFラインに乱れが生じたら、龍波、お前にもワンチャンあるかもしれないぞ」


「おおっ! マジか! 真打ち登場ってやつだな!」


 龍波が笑みを浮かべて立ち上がる。


「……まあ、無いかもしれないけどな」


「ど、どっちなんだよ」


「常に一発は狙っていけ……現状お前にはそれしかないからな。相手を上手く出し抜こうとか、余計なことは考えるな。来たボールを叩き込むことだけに集中しろ」


「だってよ~ビィちゃん~どう思う?」


 龍波が隣に座る丸井に意見を求める。


「マッチアップしているのがユース代表経験のある寒竹さんだから……とにかく全力で向かっていくしかないよ。諦めなければチャンスは来るから、とにかく集中していこう」


「まあ……ざっとこんなもんだな」


「三角への対応はどうするの?」


 菊沢が尋ねる。


「丸井は中央に戻すからナルーミとダーイケ、二人で対応しろ。まだ一年だ、あのペースが最後まで持つわけがない。お前らなら抑えられる」


「それもまた希望的観測のような気がするけど……」


 姫藤がぼそっと呟く。春名寺が補足する。


「丸井、三角の後ろに生じるスペースを上手く使え、そっちのサイドでも起点を作ることが出来れば、相手は絶対に嫌がるはずだ」


「それは良いんだけど……大事なこと忘れてない?」


「ん? なんかあるのか?」


 菊沢の呟きに春名寺が反応する。


「アフロパイセンと誰を交代させるのよ?」


「あれ? 言ってなかったっか?」


「聞いてないわよ」


「ああ、そっか~言ってなかったか」


 春名寺のとぼけた様子に菊沢はため息をつく。


「椎名さんのパス、あるいは椎名さんへのパスをカットするなら美来ですか?」


 緑川は桜庭を指し示す。


「より守備の強度を高めるならワッキーじゃない?」


 菊沢は脇中を見ながら呟く。


「ま、まさか、松内さんですか? 展開力は魅力ですが、ボランチ起用は結構ギャンブルかと思いますが……」


 小嶋が松内に聞こえないように小声で囁く。


「……ジャーマネ、お前は分かってんだろうが、三人にはウォーミングアップを命じていない、そんなやつらをいきなり投入しねえよ」


 春名寺が呆れ気味に口を開く。


「で、では、誰を⁉」


「いるだろうが、もう一人……おっ、走ってきたな」


 春名寺の視線の先を見て、皆驚いた。背番号18のユニフォームに袖を通した鈴森エミリアの駆け寄ってくる姿があったからである。


「お、お待たせしだっす!」


「宿舎から走ってきたのか、ってことはアップは十分だな、よし後半頭から行くぞ」


「は、はい!」


「ちょ、ちょっと待って下さい! 大丈夫なんですか?」


 丸井が慌てて止める。春名寺が首を傾げる。


「何がだよ」


「な、何がって、エマちゃん、発熱が続いて、この合宿ほとんど休んでいたじゃないですか」


「熱は昨日の夜にはすっかり引いていたよ、なあ?」


「う、うん……今日も大事を取って、皆より少し遅く起きたけんど、朝も平熱だったっちゃ。問題はねえと思うよ。今走ってきたけんど、体が軽く感じたし!」


「そ、そう、無理はしないでね」


 丸井は戸惑いながらも頷いた。春名寺は丸井と鈴森の肩を強引に抱き寄せる。


「丸井と鈴森、このボランチコンビの御披露目だ! 間違いなく向こうの虚を突けるだろう。相手が戸惑っている内に一気に試合の流れを引き寄せ、まず同点、そして逆転しちまえ! よっしゃキャプテン! 景気付けに一言頼むぜ!」


 春名寺の言葉に頷いた緑川は全員を見渡す位置に移動し、静かに檄を飛ばす。


「改めて言いますが、インターハイで敗れた相手です。公式戦ではありませんが、勝てば大きな自信につながるはずです。さらに強くなれるチャンスです。チーム一丸となって、令正を倒しましょう。皆さんの力を結集して下さい。仙台和泉、勝ちましょう!」


「「「オオォ‼」」」


 仙台和泉イレブンの声がピッチ上に鳴り響いた。

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