第21.5話(2)対令正高校戦ハーフタイム~スタンド~

<スタンド>


 ハーフタイムのスタンドにて、先に試合を終えた常磐野のメンバーが口々に前半戦の感想を述べ合っている。キャプテンの本場蘭が呟く。


「令正が一点リードか、試合自体のペースは仙台和泉がうまく握っていたかと思ったが」


「左サイドに位置取った三角にボールが渡るようになって、リズムが変わりましたね」


 本場の後ろの席に座る押切優衣が冷静に分析する。その隣に座る朝日奈美陽が若干渋い表情になって呟く。


「三角カタリナ、噂以上ね……一年の頃のアタシにはまだ及ばないけど」


「な~にをちゃっかり自分アゲしとんのじゃ、去年のこの時期のきさんはまだベンチスタートが主だったじゃろうが。あの18番はしっかりスタメン張っとるぞ」


 朝日奈の前の席に座る栗東マリアが後方に倒れ込むようにして、朝日奈を見上げて笑う。


「う、うるさいわね! その時のチーム事情とか色々あるでしょ!」


「昨日一昨日は顔見せ程度だったが……朝日奈の目には、三角カタリナ……どう映った?」


 本場の問いに、朝日奈は居住まいを正して答える。


「そ、そうですね……ドリブラーとして優れているのは勿論ですが、決して独りよがりになっていないところがかなり評価出来る部分だと思います。あれだけのテクニックを持っていたら、自覚のあるなしに関わらず、個人プレーに走りがちですが、周りを活かそう、連携で崩そう、という意識が見られるのが、良い点ではないかと……」


「ふむ……確かにな。もう少しエゴイスティックなプレーヤーかと思っていたが……」


 朝日奈の言葉に本場は頷く。押切が口を開く。


「周囲に信頼出来るプレーヤーが多いという点も良い方向に働いているのでしょう。攻撃面ではゲームメーカーの椎名さん、守備面では米原、特にこの全国クラスの選手たちの存在とバックアップが大きいのではないでしょうか」


「成程な、偉大な先輩たちの見守る下でのびのびとプレー出来ているというわけか」


「そういうことです」


「怪我で出遅れていたようだが、間違いなく今後は主力として出てくるだろうな」


「ベンチには大野田冴もおるからのう。昨日はスタメンで良いパスを何本か通された……厄介な選手が増えたもんじゃ」


 栗東が軽く空を仰ぐ。本場は腕を組む。


「ポジション的に同時に起用するのは考えにくいな、対戦相手によって使い分けてくる可能性が高い。もし、今後の公式戦でうちと対戦したら、果たしてどちらを使ってくるか……」


「江取監督はあの振る舞いから激情型と見られがちですが、意外と慎重な面もあります。その時のうちの攻撃陣の調子次第では、スタートは守備的な百地さんを使ってくるというケースも考えられると思います」


 押切が淡々と答える。


「そうか、百地もいたな……」


「でも、右サイドか中央でタメを作って、左サイドから崩すというのが、令正の基本戦術でしょ? うちが相手でもそれは大きく変わらないはずよ。大野田か三角を起用してくると考えて間違いないと思うわ」


 朝日奈が押切の意見に反論する。本場が頷く。


「いずれにせよ三角対策をどうすべきか考える必要があるな」


「人数をかけて対応するのがベターかと……」


「守備に人数を割き過ぎたら、相手の思うツボよ」


 朝日奈が再び、押切の意見に反論する。押切が問う。


「ではどうする?」


「マリアがいるでしょ?」


 朝日奈が前に座る栗東の両肩にポンと手を乗せる。栗東が驚く。


「ああん、ワシか⁉」


「そうよ、アンタが右サイドバックに入ってマンツーマンで対応するの。猟犬みたいにしつこく喰らい付いて離さないようにしなさい」


「簡単に言うてくれるのう……」


「あれ? ごめん、ひょっとして自信ない?」


「……誰に物を言うておるんじゃ、あんな一年嬢、わけないわ」


「頼もしいわね」


 朝日奈と栗東のやり取りに本場が笑みを浮かべる。


「まあ、最終的に決めるのは監督だがな……それで後半戦だ、仙台和泉はどうするかな?」


「三角対策として、丸井を右サイドにコンバートしたのは、急ごしらえでしょうが、ある程度上手くいっています。とりあえず出だしはこのままで進めるのではないでしょうか」


 本場の問いに押切が答える。朝日奈が口を挟む。


「でも、キーパーソンのあの子をいつまでも守備に回していたら勝てないわ。どこかで勝負をかける必要が出てくるはずよ」


「現状は7番の精度の高いキックも、ツインテールのドリブルも封じ込められているからの……どのタイミングでリスクを冒すか、インターハイの時はおらんかった、あの黒のライダースが決まっとる監督の采配に注目じゃな……ん?」


「どうした、マリア?」


「……いや、あそこの席、見て下さいよ」


「? ああ、三獅子のメンバーか、観戦していたんだな」


「あいつらにも借りを返さんといけませんね……」


「そうだな、今日はこちらが飛車角落ちだったとはいえ、敗れてしまった……全国優勝を目指す為には、今度はしっかり勝たなくてはな……って、マリア、あんまり睨むな」


「美陽もやめろ……」


 本場と押切が離れて座る三獅子のメンバーを睨み付ける栗東と朝日奈を静かに注意する。


「……な、なんか、常磐野から睨まれているんだが……」


 視線に気づいた城が慌てて目を逸らす。


「ああん? 喧嘩売ってるっていうなら買うまででしょ?」


「やめろ、ややこしくなる……」


 睨み返そうとする馬駆を甘粕が注意する。伊東が紅茶を優雅に飲みながら呟く。


「それよりも……このみ? 同級生の三角カタリナさんはどう?」


「え? ああ、左サイドから積極的に仕掛けられるドリブラー、ぶっちゃけうちのチームに欲しいっすよね。うちに欠けているラストピースっていうか……」


「ぶ、ぶっちゃけ過ぎだ!」


「お、お前、他の先輩方の前で絶対それを言うなよ!」


 馬駆の正直な物言いに城と甘粕が慌てる。伊東が微笑む。


「発言の良し悪しはともかくとして……しっかりと真価を見抜いている点は褒めてあげるわ」


「あ、どーもッス」


 馬駆は軽く頭を下げる。


「さて……仙台和泉さんはあの桃色の悪魔さんを三角さん対策に充てたわけだけど……後手に回っている印象ね……どう反撃するかしら。花音はどう思う?」


「は、はい……点を取る為には、選手交代なども考えられますが、一番は本来のフォーメーションに戻すことかと思います。ただ……」


「ただ?」


「そうなると、三角のケアをどうするかという問題が再び出てきます。11番が守備に戻ってしまってはその分攻撃力が低下しますし……となると、やはり選手交代が鍵を握ると思いますが……選手層の問題があると思います」


「強豪チームとメンバー数ギリギリのチームの対戦ですものね……照美、確か、この両チームはインターハイ予選で当たっているのよね? スコアはどうだったのかしら?」


「えっと……3対0で令正が勝っています」


「このままだとその再現になりそうね……波乱は無しかしら……さてと……」


「ど、どうしたんすか?」


「宿舎に戻るわ。特にこれ以上、見るべき点は無いと思うから。分析班が映像を撮ってくれているし、必要なら後でそれをチェックしますわ」


「じゃあ、ウチらも帰っていいすか?」


「招待チームの主力が全員帰っては礼儀に欠けるわ。あなたたちは最後まで見ていなさい」


「ええ~」


 伊東はスタンドから出ようとすると、階段付近である人物たちと出会う。


「あら、豆さんと……天ノ川さんだったかしら? ごきげんよう」


「ごきげんよう」


「こんにちは~」


 常磐野の選手、豆不二子と天ノ川佳香が伊東に挨拶を返す。


「今日は対戦を楽しみにしておりましたのに、二人揃って欠場とは残念でしたわ」


「生憎、二人仲良く打撲でね……無理はするなとドクターストップよ」


「それならば、致し方ありませんね」


「でも、まさかあなたが宮城に来るとは思わなかったわ。主力は静岡で合宿中でしょ?」


「まあ、なんとなくですね……興味がありましたから」


「興味?」


「ええ、そちらを下した仙台和泉とはどんなチームなのかと思いまして」


「お眼鏡には適ったかしら?」


 豆の問いに伊東が肩をすくめる。


「良い選手は何人かいますね……ただ、悲しいかな、選手層の問題があります。令正には大野田さんも控えています……選手交代で流れを引き寄せるのは難しいでしょう」


「そうかしら?」


「……違うのですか?」


「一昨日の試合できっちりとリベンジを果たしたチームを怪我した私たちがわざわざ見に来た……それが意味するところは一体なにかしらね?」


「……まだ、見るべきところがこの試合にあると?」


「私はそう考えているわ」


「……失礼します」


 伊東は一礼して、その場を去った。天ノ川が豆に話しかける。


「流石、不二子さん、有名人と知り合いなんですね」


「ユース代表でよく顔を合わせているからね……あなたも知り合いになっていくのよ」


「そうなると良いんですが……それより、見るべきところってなんですか?」


「……ひょっとして忘れちゃったの?」


 豆が呆れた視線を天ノ川に向ける。


「あれ? 帰ったんじゃないすか?」


「この後に表彰式もあるからね……そこにわたくしがいないと不味いでしょう……」


 伊東は再び席に着いた。

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