第20話(1)全国レベルの一端

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「ナイスクリア! 残り10分です!」


「お前ら、集中切らすなよ! もうひと踏ん張りだ!」


 小嶋と春名寺がピッチサイドから選手たちに声を掛ける。夏の合同合宿は4日目を迎え、親善大会の二試合目を迎えていた。初戦の常磐野学園戦はインターハイ県予選の雪辱に燃える相手に1対3で敗れた仙台和泉高校だったが、2戦目である三獅子高校戦はここまで2対0でリードをしているという予想外の展開だった。前半終了間際にコーナーキックのこぼれ球を龍波が押し込んで先制、後半も良い時間帯で菊沢の直接フリーキックが決まり、点差を広げた。


「ね、ねえ、これってもしかしてイケるんじゃない⁉」


 ベンチに戻ってきた二人に対し、九十九が興奮気味に語り掛ける。


「ここまでどう見ますか、監督?」


「……昨日の初戦は、イマイチ硬さがとれず、さらに相手の気迫に圧されて終始もったいないゲームをしちまったからな……それに比べれば今日は遥かにマシだな」


「相手はインターハイ本戦にも出場を決めているんでしょ?」


「ええ、東京の三獅子高校……白地のシャツに青のパンツというシンプルなユニフォームが有名な全国屈指の強豪チームです」


 九十九の質問に小嶋が答える。春名寺が釘をさす。


「まあ、そうは言っても、メンバーは精々2軍半ってところだな。照準はあくまでも約ひと月後のインターハイ、主力のほとんどは静岡で合宿中とか……大方この大会では本戦で使える選手が一人でも見つかれば良いって考えだろうな……」


「あ、そうなんだ……」


「とはいえ、勝てば我々にとって大きな自信になります」


「それはそうだな……ん?」


 春名寺がピッチサイドに目をやる。三獅子高校が選手交代の準備をしている。


「交代のようですね」


「おいおい、ここで一気に四人代えかよ、向こうは試合投げたか?」


「いえ、待って下さい! あの選手たちは……4番、6番、7番、10番⁉ 昨日も欠場していましたし、合同練習でもずっと別メニューでしたが、ここにきて出てくるとは……」


「遅まきながら本気出すってことか?」


 小嶋の言葉に春名寺はニヤリと笑う。


                  ⚽


「ああ~ダル~」


 背番号10を着けた小柄なポニーテールの少女が交代を待つ間、しゃがみ込む。


「このみ……だらしないぞ」


 その隣に立つ、背番号4を着けた長身かつ短髪の女性がその振る舞いをたしなめる。


「だってさ花音? この合宿は試合出なくても良いって監督言ってたじゃない?」


「状況が変わったんだ」


「……招待された手前、主力を一切帯同させないわけにもいかないからな」


 背番号6を着けた体格の良い、短い髪を後ろで小さくまとめた女性が呟く。


「照美ちゃん、そうは言ってもね~」


「昨日の初戦も落としている。連敗は避けたいのだろう……」


「なんでコーチの尻拭いしなきゃいけないのよ~」


 背番号7を着けた、長いブロンドヘアーを三つ編みにし、右側に垂らした女性が口を開く。


「このみ……勝利の栄誉に浴する機会を得たことを喜びなさい」


「いやいやヴィッキーパイセン、流石に10分で3点はきついですって~」


「……10分もあれば十分よ」


 ヴィッキーと呼ばれた女性は不敵に笑って、ピッチに入った。


「うおっしゃ! もう1点! って⁉」


 敵陣でボールを受けようとした龍波だったが、背番号6に奪われる。


(ア、アタシが吹き飛ばされた? コ、コイツ……)


「背番号6、城照美じょうてるみ! 一年生ながら既に守備陣の柱になっている、気迫のこもったプレーが売りのセンターバック!」


「中学の頃から全国クラスのやつか、龍波じゃまだ荷が重いか……」


 城のプレーに春名寺が舌を巻く。ボールを持った城はすぐに左サイドに位置をとった4番にパスする。姫藤が体を寄せるが、4番は鋭い足の振りから強烈なボールを斜め前に蹴り込む。


「背番号4、甘粕花音あまかすかのん! 一年生ながらこちらも中盤の大黒柱になっている、ロングキックに定評のあるセンターハーフ!」


「対角線上に真っ直ぐ良いパスを通しやがるな……」


 甘粕のロングパスを見て、春名寺は唸る。勢いよく飛んだボールは右サイドを走っていた背番号10に繋がる。10番はニヤリと笑う。


「良いところでボール貰っちゃった……仕掛ける!」


「⁉」


「遅い!」


 10番は対応に当たった神不知火を一瞬の内にかわすと、ペナルティエリアに侵入し、鋭いシュートを放ち、仙台和泉のゴールネットを揺らす。


「よし! まず1点~♪」


(は、速い……これが強豪チームの背番号10……)


 ボールを持ってセンターサークルに運ぶ10番を見て、神不知火は内心驚いた。


「背番号10、馬駆うまがけこのみ!  一瞬で相手DFを置き去りにしてしまうトップスピードが武器の『ワンダーガール』!」


「初見とはいえ、神不知火があんなに見事にぶち抜かれるのは初めてだな……」


 春名寺が舌打ちする。その数分後、ゴール前でボールを持った馬駆を石野が倒してしまい、三獅子に直接フリーキックが与えられる。


「先ほどは良いキックを見せてもらいました。お返しをさせて頂きます」


「っ⁉」


 背番号7がすれ違い様に菊沢に囁く。ホイッスルが鳴り、7番の右足から放たれたボールは美しい軌道を描いて、仙台和泉のゴールネットに吸い込まれていった。これで同点である。


「背番号7、伊東いとうヴィクトリア! なんと言ってもあの正確無比な右足のキック!」


「悔しいが見惚れてしまうほど良いボールを蹴りやがるぜ……」


 春名寺はその精度の高いキックに感嘆する。試合もアディショナルタイムに入り、仙台和泉陣内の左サイドで三獅子にフリーキックが与えられる。春名寺が指示を飛ばす。


「角度的に直接はない! クロスボール注意だ! ヘディング競り負けるなよ! ……⁉」


 春名寺を初め、皆驚いた。伊東がゴール前にクロスを放り込むのではなく、グラウンダーのボールを真横、ピッチ中央に向けて蹴ったからである。ペナルティエリア前に転がったボールに甘粕が猛然と駆け込み、鋭いシュートを放つ。


「⁉」


 今度は三獅子の面々が驚いた。甘粕の弾丸シュートを丸井が足を伸ばして防いだからである。こぼれたボールを石野がすかさず前に蹴り出す。そこで審判が終了の笛を告げる。


「くっ、ドローですか……」


「気分的には負け試合だな。全国レベルの一端を感じられたことを良しとすべきか……」


 小嶋は頭を抱え、春名寺は顎をさする。


「誰かと思えば、貴女……『桃色の悪魔』さんね。ご苦労様」


「あ、はい……お疲れ様でした」


 伊東から声を掛けられ、丸井は戸惑い気味に応じる。


「勝てなかったのは残念だったわ。仙台和泉高校……覚えておくわ。それではごきげんよう」


「は、はあ……」


 伊東は颯爽とピッチを後にした。

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