第20話(2)最終戦前のミーティング

 試合を終えて宿舎に戻った私たちは、ミーティングルーム用に用意された部屋に集まりました。監督とマネージャーが最後に部屋に入ってきました。


「皆さん、お疲れさまです。ではまず、今日の三獅子戦を振り返って頂きます。私が編集したダイジェスト映像ですが……」


 マネージャーが編集した映像を皆で鑑賞します。キャプテンが監督に問います。


「監督、今日の試合に関してですが……」


「……昨日の試合に比べれば、つまらねえ緊張もとれて、各々良いパフォーマンスだったんじゃねえか? それでも細かいミスはあるにはあったが、それぞれが自信を持ったり、技術を向上させること、あるいはコーチング……つまり周囲が声をかけあうことで解消できることだ……要はもっと練習が必要ってことだな」


「なるほど……」


「じゃあ、次の映像だが……」


「い、いや、ちょっと待って下さい、良いのですか?」


 話を進めようとする監督をキャプテンが止めます。


「何がだよ?」


「失点シーンなどは振り返らなくても? ……昨日は嫌というほど見ましたが……」


「全国レベルのスピードあふれるドリブル突破に鬼精度のFKだろう? 卓越した個人技にやられたんだ。今の段階では気に留めることじゃねえよ」


「それはそうかもしれませんが……」


「んじゃ、次の映像だ。ジャーマネ」


「はい、こちらになります」


 マネージャーが映像を流します。キャプテンが呟きます。


「これは……」


「そうです、明日対戦する令正高校の映像です。こちらは昨日と今日の試合、先月のインターハイ予選の数試合を編集したものです」


「仕事が早いわね」


 輝さんが感心した様子をみせます。マネージャーが照れ臭そうに答えます。


「ま、まあ、半分趣味みたいなものだから。県内四強に関しては常に映像をストックして、情報をアップデートしているしね」


「どんな趣味よ……」


「んなこたあいいからよ、ジャーマネ、話を進めろ」


「は、はい。令正高校なんですが、ここ数年一貫して、同じシステムを採用し続けています。この間の試合でも用いていた3-5-2システムです。就任十年で好結果をもたらしたエキセントリックな名将、江取愛実えとりまなみ監督が導入しました。メンバーについてですが……」


 マネージャーは監督に目配せします。監督が口を開きます。


「強豪校だけあって、選手層は豊富だ……メンバーを大幅に入れ替えてくる可能性も高いが……この二試合で一勝一分けと結果を出している。アタシだったらチームを変にいじりたくはない。よって、明日の先発メンバーも昨日今日とほぼ同じだと思われる」


「では、その11人の選手のプレーを重点的に見ていきましょう」


 そしてモニターには、眼鏡をかけた神経質そうな性格の女性から、短く整った茶髪の上下ともに黒のユニフォーム姿の女性に切り替わりました。


「こちらは背番号1、GKの紀伊浜慶子きいはまけいこさん。派手さこそありませんが、ポジションニングが良く、堅実なセービングが特徴的な方です」


「このレベルになると当たり前の話だが……ポカが少ない、ミスはあまり期待するな」


 マネージャーの説明を監督が補足します。


「次は、三人並んだDFライン……中央に位置するのは背番号17、三年生で主将の羽黒百合子はぐろゆりこさん。右は三年生の背番号3、寒竹かんちくいつきさん。左は二年生で背番号16の長沢次美ながさわつぐみさんの並びです。羽黒さんはそれほど長身ではありませんが、鋭い読みとカバーリングに長けています。寒竹さんはユース代表にも名を連ねる実力者です。当たりの強さは紛れもない全国レベルですね。長沢さんは元々MFでしたが、高校には入ってからは現在のポジションで起用されることが多いです。寒竹さんは強気な攻め上がり、長沢さんは精度の高い左足のキックで、それぞれ攻撃の起点にもなることができます」


「前回の対戦とはメンバーがちゃうな」


 秋魚さんの質問に、マネージャーが即座に答えます。


「本来は背番号4の村山さんがレギュラーなのですが、現在故障がちなようで、代わりに羽黒さんが入っていますね」


「上背は然程でもないが、素直にそこを突かせてくれるとは限らねえ。龍波にアフロ……別のアプローチを考えろ。安易に裏を取ろうってのも考えもんだ。この三人が三人ともラインコントロールに長けていやがるからな。オフサイドトラップの餌食だ」


「確かに前回の対戦時も絶妙なラインコントロールやったな……」


 監督の言葉に秋魚さんが頷きます。


「ううむ……」


「アンタは難しく考えずに本能的に動きなさいよ」


「そうね、それが相手にとって逆に脅威になるかも」


「……ピカ子もカルっちも馬鹿にしてんだろ?」


 唇を尖らせる竜乃ちゃんを見て、聖良ちゃんと輝さんが笑います。


「3バックというのはどうしてもサイド攻撃に弱い。姫藤と菊沢、それにその後ろのダーイケとキャプテン……お前らが鍵を握ると言っていい」


 監督の言葉に四人が頷きます。マネージャーが説明を続けます。モニターには派手な金色で短髪の女性が映りました。


「こちらはダブルボランチの一角を務める、背番号5の米原純心よねはらじゅんこさん、二年生。守っては高いボール奪取能力を発揮し、攻めては精度の高い右足で攻撃の起点となり、自らゴールも奪える……攻守両面で隙が無いプレーヤーで、ユース代表常連というのも頷けますね。滋賀県出身で付いたあだ名は『琵琶湖のダイナモ』です」


「あだ名はともかくとして、実力は間違いねえ……前回の対戦で分かっているとは思うが」


「見事なミドルシュートで試合の均衡を崩されましたね……」


「あのサイドチェンジも厄介だしー」


 監督の呟きにキャプテンと成実さんが苦い表情を浮かべます。


「キープレーヤーの一人だ……ポジション的にマッチアップするのは丸井、お前だな」


「は、はい……」


 監督から名指しされて、私は戸惑いながら頷きます。


「前回の対戦では、高校サッカーでの経験の差ってのを見せられた形だが……リベンジの機会が意外と早く回ってきたな。攻守においてこいつを凌駕してみせろ」


「は、はあ……」


「……というのは半分冗談だ、サッカーってのはチームスポーツだ、周囲がよくサポートしてやれ。特に中盤の三人、頼んだぞ」


 監督の指示に聖良ちゃんたちが頷きます。監督がマネージャーに続きを促します。マネージャーが頷き、次の選手の紹介となります。強烈な個性を持った女性が映し出され、部屋が少しどよめきます。


「こちらはその米原さんとコンビを組むボランチの背番号14合田由紀ごうだゆきさん、二年生。一年の頃からDFなどで試合に出ていましたが、現在は中盤で起用されていますね。中盤の掃除人のような立ち位置でしょうか。闘志を前面に押し出したプレーでピンチの芽を徹底的に摘み取っていきます。ファウルすれすれのタックルをしてきますが、苛立つと思うツボです」


「まあ、それよりまずその髪型だぜ、紫色のソフトモヒカン?ってやつか」


「校則どないなっとねんっちゅう話やんな」


「インターハイ予選の時とは髪色違うよナ? 度肝抜かれるゼ……」


「……三人には言われたくないと思うし」


 成実さんが竜乃ちゃん、秋魚さん、ヴァネッサさんに対して苦笑を浮かべます。


「髪型は突っ張っちゃいるが、プレー自体はシンプルだ、守備の要だな……続きを」


「はい、右のアウトサイドは背番号15のこの方……大和やまとあかりさん、三年生です。本職はボランチですが、現チームではこのポジションで起用されることが多いです。攻撃性能は正直物足りない部分がありますが、それを補って余りある献身性が高く評価されています。対して左のアウトサイドはユース代表常連である背番号10の大野田杏おおのだあんずさん、二年生。何と言っても、高い技術が武器です。本来はトップ下でのプレーが得意な選手なので、このポジションはやや不慣れなのですが、ボールを持たせると厄介なプレーヤーですね」


「左右のアウトサイドをこなせる選手は多いが、恐らく明日の先発はこの組み合わせでくると思われる。右よりは左から攻める方が良いかもしれねえ、大野田が守備は不得手だからな。もちろん簡単には行かねえと思うが」


 監督が補足し、マネージャーは説明を続けます。モニターに茶色のミディアムボブの髪型の女性が映ります。


「そしてトップ下に君臨するのがこの方……背番号7、椎名妙子しいなたえこさん、三年生。旅行でもするかのような優雅な足取りから、突如としてゴール前に顔を出し、決定的な仕事をこなす選手です……中学時代からその名は広く知られていますね」


「何と言っても高いキープ力が特徴だ。そこから繰り出されるスルーパスは厄介だ。細身だが当たりにも強い。出来る限り前を向かせないようにするのが肝心だ。ナルーミ、頼むぞ」


「ナル―ミって……まあ、頑張りまーす」


 成実さんが片手を挙げて応えます。


「最後は2トップですね。左はこの方、背番号11の武蔵野雅むさしのみやびさん、三年生。激しいチェイシングで味方の守備を助けるだけでなく攻撃時には体を張ったポストプレーから味方の攻め上がりを促します。決定力はさほどではありませんがまた厄介なプレーヤーです」


「ファウルをもらうのが上手い……その辺りも注意が必要だぞ、ヴァネ」


「確かに前回もウザったい奴だったナ……気を付けるサ」


 ヴァネッサさんが腕を組んで頷きます。


「……右は背番号13の渚静なぎさしずかさん、オフ・ザ・ボール、つまりボールを持っていない時の動きが絶妙な選手です。ボールのもらい方、スペースの作り方などに秀でていますね。北陸出身で、付いたあだ名は『日本海の静寂』です」


「まあ、こちらもあだ名はともかく……動きは本当に捕まえづらい。注意しろよ、オンミョウ」


 監督は真理さんに声を掛けます。


「前回は欠場されていましたよね? パワー重視やスピード特化ともまた違うタイプのストライカーさんですか……ふふっ、対戦が楽しみです」


「頼もしいな、さて、メンバーはこんなところか……」


「あ、あの……」


「ん? どうした、丸井?」


 私は思わず手を挙げてしまいました。


「え、えっと……カタリナちゃ……三角さんは出てこないでしょうか?」


 監督がマネージャーを見ると、マネージャーは説明をしてくれます。


「背番号18の三角カタリナさん……一年生ながらインターハイ予選にも出ると思われましたが、怪我の為にメンバー外になりました。丸井さんとは中学時代に一緒に全国大会に出ていますね。左サイドを中心に攻撃的なポジションでのプレーが得意な方です。生まれ育ったスペイン仕込みの足技と卓越したドリブルが光ります」


「ビーチサッカーの時の方ですか。出てくるのならばそれも楽しみですね」


「厄介な奴はもう十分だヨ……」


 目を輝かせる真理さんの横でヴァネッサさんが苦笑交じりにぼやきます。


「……この2試合とも、最後の数分間だけ出てきている。間違いなく期待は寄せているんだろうが、恐らくまだ本調子じゃないんだろう。アタシはここで無理はさせないと見ている。明日出て来ても終盤だろうな」


「そうですか……」


「卓越したドリブルってのは見てみたいけどね……」


 声を落とす私の横で聖良ちゃんも残念がります。監督は改めてマネージャーに問います。


「交代枠は公式戦と同じく5だが……他に注意すべき選手はいるか?」


「アウトサイドならば左の守備的ポジションならばどこでもこなせる百地ももちさん、クロスボールの精度が高い町村まちむらさん……攻撃的ポジションなら、林万喜子はやしまきこさんと東山千明ひがしやまちあきさんの通称『テンミリオンホットライン』が要警戒です」


「まあ、全員厄介な相手だわな……さて、アタシたちの取る戦術だが……」


 監督が説明を始めます。

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