第9話(3)絶対女王常磐野学園

~同時刻、常磐野学園サッカー部ミーティングルームにて~


「全員揃ったか」


 常磐野主将、本場蘭が立ち上がり、部屋を見回す。押切優衣が言いづらそうに答える。


「不二子先輩がまだです……」


「またか……」


 本場が呆れた声を上げると、その直後、常磐野の司令塔、豆不二子が部屋に入ってきた。


「あ~良いシャワーだったわ~。乙女たるものお肌のケアも欠かせないわよね~」


「ふ、不二子先輩!」


「あら~ごめんなさい、優衣ちゃん。時間にちょっと遅れちゃったかしら?」


「そ、その恰好はなんですか⁉」


 押切がわなわなと震えながら指を差した豆の姿恰好は。上半身をタオルで隠したのみで、下半身は下着丸出しというものであった。


「あ、この恰好~? まあ良いじゃない、女同士、減るもんじゃないし~」


「人としての尊厳が減ります! ちゃんと服を着てきて下さい!」


「は~い。優衣ちゃん怖~い」


 豆が部屋から出ていった。溜息をつく押切に、本場が声を掛ける。


「すまんな押切、いつも苦労を掛ける」


「いえ、大丈夫です。もう慣れましたから……」


 しばらくして、豆が部屋に戻り、本場があらためてメンバーに声を掛ける。


「先程監督からも話があったが、我々としては今一度明日の相手を確認する必要がある。気になった点などあればどんどん発言してくれ。では小林、頼む」


「はい!」


 小林と呼ばれた女性は、壁際に設置された大型TVに仙台和泉の試合映像を写し出した。


「仙台和泉高校。最高成績は二十年前の全国出場一回を除けば、夏冬ともにベスト8が一度ずつ。ここ十年ほどは地区予選敗退常連でしたが、一昨年から力をつけはじめ、昨年は夏冬ともにベスト16に進出。今回も地区予選を3戦全勝、今日の試合も5対1で勝っています」


「着実に力を付けてきていますね」


 押切の言葉に頷き、本場が小林に声を掛ける。


「この急成長、何が原因だと考える?」


「はい、1年生時から試合に絡んできたメンバーを中心とした堅守がまず一つ挙げられると思います。GKの1番永江、右SBの2番池田、左SBの3番キャプテンの緑川、そしてDFではありませんがFWの16番武も昨年から試合に出ていますね」


「このアフロ、ふざけた髪型しとるの~」


「髪色はアンタも同じようなものでしょ、案外似たもの同士なんじゃないの?」


 朝日奈美陽が悪戯っぽく笑って、栗東マリアを茶化す。


「な、ど、どこがじゃ! こんなふざけたやつと!」


「マリア、落ち着け。……続けてくれ」


「は、はい、この春に二年生も含めて、強力な選手が多数加わりました。まずはこの方は怪我からの復帰ですね、4番の神不知火。」


「……この映像の乱れは何かしら~?」


「す、すみません! どうも彼女を映そうとすると、カメラの三脚が折れたり、カメラ自体の調子が悪くなったり、不可思議な現象が相次いだそうなんです……」


「不可思議な現象か~。う~ん、ドンマイ♪」


「いや、ドンマイ♪ で済ませないで下さいよ! 明らかにおかしいでしょう⁉」


 豆のマイペースっぷりに思わず突っ込む押切。本場がそれを制す。


「落ち着け、押切。気になることは気になるが、映像は残っている。……覚えがある、昨秋少し話題になった選手だな。怪我からの復帰ということだが、余りブランクは感じさせないな」


「はい、そしてこの選手とコンビを組むのが5番の谷尾です。この谷尾と8番の石野、7番の菊沢、この三人は織姫仙台FCジュニアユースの出身です。」


「この娘たち三人が入ってから、この間のCチームもコテンパンにやられちゃったわよね」


「この4番と5番のコンビ、ほぼ即席だが、良い動きを見せている。どうだ? 天ノ川?」


 本場が後方の席でぼんやりとモニターを眺めていた天ノ川佳香に声を掛ける。


「高さも強さもあってしんどそうな相手かもしれませんね~。それより右サイドで愛奈さんが競り合った方が面白そうじゃないですか~」


 天ノ川から話を振られた小宮山愛奈は無言で眼鏡をクイっと直した。本場も頷く。


「成程……監督もおっしゃっていたが、小宮山と緑川の所で身長差のミスマッチを狙えるな、そういう攻め方も頭に入れて置かねばな」


「何よ、佳香、そんなこと言ってアンタ自信が無い訳?」


 朝日奈が天ノ川をからかうような声を上げる。天ノ川は笑顔を崩さず答える。


「自信は常にありますよ~。ただ、過信はしたくないんです~」


「ぬ……」


「はははっ、これじゃどっちが先輩か分からんのう」


「う、うるさいわね!」


「二人ともうるさいですよ……」


 押切が低く静かな声で注意すると、二人は押し黙った。小林が説明を続ける。


「最後に強力な一年生が何人か入りました。まずは10番『桃色の悪魔』丸井桃」


「この娘、まもりちゃんたちの後輩だったんでしょ~。ウチに誘わなかったの~?」


 豆が振り向き、後方で壁に寄りかかり腕組みをして立っていた久家居まもりに声を掛ける。


「誘いましたよ、勿論。ただふざけた理由で断られてしまいまして……」


「ふざけた理由~?」


「どうせ制服が可愛いからこっちにしますとかってそんな感じでしょ?」


 口を挟んできた朝日奈に久家居が答える。


「いや……学食のメニューが一番充実していたからだそうだ」


「はぁ⁉」


「もっとふざけた理由でしたね……」


「あはは、やっぱり面白いなぁ~丸井さんは」


「……次だ、小林」


「はい、11番『幕張の電光石火』姫藤聖良。中学時代は関東で優秀選手に選ばれています」


「良いドリブルをする選手だ。千葉出身らしいが、結城覚えているか?」


 本場に話を振られた結城美菜穂は少し考えこんだが、首を振った。押切が代わりに答える。


「この1年程で伸びた選手なのでしょう。警戒はした方が良いかと」


「そうだな、攻撃面では丸井と姫藤、そしてキックの精度が高い菊沢が要注意だな」


「あ、後もう一人いまして……」


 話を締めようとした本場に対し、小林が慌てて声を掛ける。


「もう一人?」


「は、はい。9番の龍波竜乃です。今日はハットトリックを決めています」


「確かにあのキックオフゴールは強烈なインパクトだったな。ただ動きを見るとまだ初心者の域を出ていないだろう。残りの2得点も周りの御膳立てがあってこそだ」


「キャリア的にも、初心者レベルということは否定しません。ですが、このシュート力など、身体能力の高さは目を見張るものがあります。要警戒かと……」


「こんなふざけた金髪、姉御の敵じゃねえわ。ワシが潰す、それで終いじゃ」


「ポテンシャルは感じるがな、過度の警戒も良くない。前を向かせなければ大丈夫だろう」


「小林ちゃん~もう終わりで良いかしら~不二子そろそろお眠の時間なのよ~」


「不二子先輩、勝手に終わらせないで下さい! キャプテン!」


「小林、他の選手についてはどうだ?」


「は、はい。14番の松内はキックの精度が高いです。15番の趙は左から右のカットインを得意としています。6番の桜庭と12番の脇中は守備固めの際に起用されることが多いです。17番の白雲は俊足です。13番の伊達仁は……よく分かりません!」


「分からない?」


「経歴的には高校からサッカーを始めたようです。動きの質はそれなりですが、出場時間が短く、ポジションもハッキリとしない、なんとも形容し難いプレーヤーです」


「今後に向けて経験を積ませているという段階か……まあ、試合前に監督から更に細かく指示が出るだろうから確認はこの位にしておこう、明日も早いからな……それでは解散!」


「「「お疲れさまでした!」」」


 寮住まいの選手がほとんどである常磐野の選手たちは、それぞれ自分の部屋に戻って行った。そして夜が明け、決戦の朝を迎えた。

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