第9話(2)決戦前のミーティング

 試合を終えて学校に戻った私たちは、視聴覚教室に集まりました。キャプテンとマネージャーが最後に教室に入ってきました。


「皆さん、大変お待たせしました。試合後でお疲れかと思いますが、是非見て頂きたい映像があります」


「映像?」


「そうです、明日対戦する常磐野学園の映像です」


「やはり常磐野が相手か……」


「スコアはー?」


 池田さんの問いにキャプテンは一瞬真顔になって、すぐ笑顔に戻って答えました。


「8対0です」


「「ええっ⁉」」


「対戦相手も決して弱くはありませんでしたが、思いの外大差となりましたね」


「マジかいな……」


「仕上がりは順調ということか……」


 秋魚さんも永江さんも腕を組んで黙り込んでしまいました。


「とはいえ、今は下を向いている場合ではありません。少しでも勝つ可能性を上げるために分析を行いましょう。では美花さん、準備は宜しいでしょうか」


「はい、大丈夫です!」


 キャプテンの問いかけにマネージャーが元気良く答えました。教室中央に用意されたプロジェクターからスクリーンに映像が写し出されます。マネージャーが説明を始めました。


「こちらは今日の1回戦、先月の地区予選3試合、そして今月上旬に行われたいくつかの練習試合を編集したものです」


「同じ会場だった地区予選はともかく、今日の試合とか練習試合の映像とか……そんなもの良く入手出来たわね」


 輝さんが感心した様子で呟きます。するとキャプテンが答えます。


「まあ、その辺りも伊達仁グループさんの全面協力を仰ぎまして……パチッ!」


 キャプテンが指を鳴らすと、その後ろに黒子さんがどこからか姿を現しました。キャプテンが再び指を鳴らすと、黒子さんは音も無く姿を消しました。


「このように、黒子さんたちに各会場で情報を収集してもらっています」


 ニコっと笑うキャプテンとは対照的に、私たちはやや引き気味な笑みを浮かべました。


「我が家の隠密諜報部を何人かお借りしますとはおっしゃられましたが、短期間でこうも見事に運用するとは……主将さん、卒業後は本格的に我がグループに入られては如何かしら?」


「ってか、隠密諜報部って何よ? 不穏な響きがするわね……」


「まあ、そういう話はまた別の機会に……美花さん、話を続けて下さい」


「は、はい。常磐野学園なんですが、ここ数年一貫して、同じシステムを採用し続けています。この間の練習試合で向こうのCチームも用いていた4-3-3システムです。加えて就任十五年で多くのタイトルをもたらした名将、この高丘たかおか明美あけみ監督は勝っている、結果を出しているチームを変にいじりません。よって、明日の向こうの先発メンバーも今日と同じだと思われます。その11人の選手のプレーを重点的に見ていきましょう」


 そしてスクリーンは、眼鏡をかけたスーツ姿がビシッと決まった女性から、長い黒髪をうなじ辺りで一つにまとめ、おでこにやや大きめなヘアバンドを着けた上下真っ白のユニフォーム姿の女性に切り替わりました。


「こちらは背番号1、GKの久家居(くけい)まもりさん。二年生ながら昨秋から守護神の座に定着しました。手足のリーチの長さを生かした守備範囲の広さが特徴的です」


「丸井さん、こちらの久家居さんとは中学校が一緒なのですよね?」


「あ、は、はい。私が中二で全国大会に出たときの正GKの方です……」


「何か変わっているところなどはありますか?」


 キャプテンから尋ねられ、しばし考えてみました。


「強いて言うなら……少しポジションを前目に取る傾向がありますね」


「それなら案外成実のデタラメミドルも効果あるかもね」


「デタラメ言うなし! ……まあ、私よりヒカルが狙った方がいいかも」


 成実さんの言葉に輝さんは頬杖を突きながらわずかな微笑を返すのみでした。


「次は、ゴール前に君臨する高く厚い壁……三年の背番号5、本場蘭さんと二年の背番号4、栗東マリアさんのCBコンビです。本場さんの長身を生かした、打点の高いヘディングは攻守の両面に於いて、大きな力を発揮します。ユース代表にも名を連ねる実力者です。紛れもない全国レベルですね」


「何かウィークポイントとか無いんですか?」


 聖良ちゃんの質問に、マネージャーが即座に答えます。


「スピードある相手の対応はやや苦手のようですね。ただ、それをフォローするのがこの栗東さんです。小回りが利くので、本場さんが相手FWと競ったボールのこぼれ球へのカバーリングがとても素早いです」


「こいつCBにしては小柄だろう? こっちに空中戦仕掛ければ良いんじゃねえか?」


 竜乃ちゃんの指摘にも、マネージャーはすぐに答えます。


「確かに上背は然程でもないのですが、それを補って余りある身体能力とフィジカルの持ち主です。空中戦も大して苦にしていません。そう簡単に優位には立てないと思います」


「チッ……」


「加えて、この栗東さん、中学時代は攻撃的なポジションを務めていた選手です。今でも隙あらば、果敢に攻め上がってチャンスに絡んできます。非常に厄介な選手です」


「ただ、少しカッとなり易い選手のようですね。冷静さを失わせるのも手かもしれません」


 キャプテンの補足に頷きながら、マネージャーが説明を続けます。


「右SBに入るのが、背番号2の地頭(じとう)ゆかりさん、三年生。左右どちらもこなせるサイドのスペシャリストです。低い位置からのアーリークロスの精度が高いので、要注意です。左に入るのが、背番号3の巽文華(たつみふみか)さん、この方は二年生。ボール奪取能力が非常に高い選手です。守備的なポジションはどこでもこなせますが、昨冬辺りから左SBで起用されていますね。丸井さん、この方も中学の先輩なんですよね?」


「え、ええ。その時は主にCBなどを務めていました」


「何か弱点とか無いかしら?」


「う~ん、右利きだから左で蹴るのは正直まだ得意じゃないんじゃないかな」


 私は聖良ちゃんからの質問に答えました。マネージャーが更に説明を続けます。スクリーンには少し茶色がかった短髪の女性が映りました。


「こちらはアンカーを務める、背番号6の結城美菜穂(ゆうきみなほ)さん、二年生。GKとFW以外ならどこでもこなせるポリバレントなプレーヤーです。ピンチの芽を未然に摘み取る危機察知能力の高さもさることながら、精度の高い右足のキックを生かして、攻撃の起点にもなれます」


「結城さんは千葉出身ですが、対戦経験はありますか?」


「中学で当たったときは、攻撃的なポジションでしたね」


 キャプテンの問いかけに、聖良ちゃんが答えます。


「それでは攻撃面でも注意が必要になりますね……どうぞ続けて下さい」


 マネージャーが頷き、次の選手の紹介となります。黒髪ロングの女性が映し出されます。


「主に右のインサイドハーフを務めるのが背番号8、押切優衣(おしきりゆい)さん、二年生。一年の頃からSBなどで試合に出ていましたが、現在は得意の中盤で起用されていますね。サッカー処の静岡出身らしく、足元の技術に長けています。攻守のつなぎ役として不可欠な存在ですね。人望も厚いようで、本場さん卒業後はこの方がキャプテンになると言われているそうです」


「見るからに真面目そうな方です。気が合いそうですね」


「多分、シラヌイちゃんとは真面目さのベクトルが違うと思うよー」


 池田さんの指摘に真理さんが不思議そうに首を傾げます。


「補足しますと、パスセンスもありますが、中盤の低い位置からドリブルで攻め上がったり、前線に飛び出して、シュートを放つこともあります。結城さん同様、攻撃面でも注意です」


 次に少し茶色がかったミディアムパーマの大人っぽい雰囲気を身に纏った女性が映ります。


「左のインサイドハーフは背番号7のこの方……常磐野学園不動の司令塔、豆不二子(まめふじこ)さん、三年生です。小学生のころから、『豆四姉妹』として関西では有名だったようですが、中学生時から頭角を現し、その頃から代表の常連になっていますね。キック精度の高さを生かした、長短織り交ぜたパスワークの正確さが武器です。常磐野のほぼ全ての攻撃が彼女を経由します」


「それならば、こう言うと少々お下品ですが……この方をお潰しになれば、あちらの攻撃力は半減するのではないのですか?」


「簡単にお潰せられれば、楽なんだけどね……」


 健さんの言葉に輝さんが苦笑気味に反応します。キャプテンが口を開きます。


「この豆さん、ポジショニングがとにかく絶妙なのです。言い換えると、相手にとっては嫌らしい位置取りを取って、その動きを捕らえるのは容易なことではありません」


「そしていつの間にかゴール前に顔を出し、決定的な仕事をこなす……」


「厄介な奴らの中でもとりわけ厄介な奴ってこっちゃな」


 永江さんと秋魚さんの言葉に、キャプテンが頷きます。


「とはいえ守備はやや不得意なようなので、その辺が弱点と言えば弱点ですかね。もっとも、別に守備をサボったりする訳ではないのですがね……」


「一筋縄ではいかない方、ということはよく理解しましたわ」


「次は3トップですね。右ウィングはこの方、背番号9の小宮山愛奈(こみやまあいな)さん、二年生。元々センターフォワードでしたが、現在はこの位置が主戦場になっていますね。ただ攻撃的なポジションならどこでもこなせる方ですね。中学時代は九州大会で得点女王になっています。高さと速さを兼ね備えた選手です」


「こちらの左サイドで高さ勝負になると、その……少々分が悪くないか?」


「まあその点も含めて……手は考えていますよ」


 永江さんの案ずる声にキャプテンは落ち着いて答えます。


「3トップの左に入るのは、朝日奈美陽(あさひなみはる)さん、背番号11。この方も二年生。ひときわ小柄な体格を補って余りある高い技術とスピードでサイドから敵陣を切り裂きます。ついた異名は『北海のライジングサン』。彼女も比較的、ユース代表常連組に近いですね」


「この二人だけでも十分しんどそー」


 池田さんの言葉にキャプテンも軽く頭を抑えます。


「正直いって欠点は少ない二人です……強いて言えば、小宮山さんもやや熱くなり易い性格ということと、朝日奈さんがそこまで決定力が無いということだったのですが……」


「ですが?」


「今日の試合、お二人揃ってハットトリックの大活躍です……」


「目下絶好調ってことカヨ!」


 マネージャーの報告に、ヴァネさんが机に突っ伏します。キャプテンが補足します。


「ただ、この両サイドの二人は試合開始から全力全開で飛ばしてきますので、フル出場するということはほとんどありません。序盤戦から中盤戦にかけてまでの猛ラッシュに耐えきえられれば……こちらにもチャンスが回ってくるはず……です」


「厄介者の集まりって言うたけど、これはもう化け物の集まりやな~」


「秋魚先輩……そんな化け物さんたちの真打がこちらの方です」


 マネージャーの言葉通りスクリーンには先程の中華料理店で遭遇した彼女の姿が映ります。


「3トップの中央に位置するのが、天ノ川佳香(あまのがわよしか)さん。10番を背負う期待の一年生。今更説明不明かもしれませんが、上背が然程無いにも関わらず、空中戦にも滅法強く、特別大柄な体格という訳でもありませんが、当たりにも強く、高いキープ力と併せて、滅多にボールロスト(ボールを失うということ)がありません。前線でボールを収めて、攻撃の起点になれる存在です。そして何よりも注意すべきは、その左足の強烈なキックです。安易に前を向かせてシュートを撃たせるのはとても危険です」


「まさしく怪物です……ヴァネッサさん、大変だとは思いますが……」


「アタシが抑えなきゃ始まんないって奴デショ?」


「頼もしいお言葉です。さて、対して、私たちの取るべき戦術ですが……」




 ガタっと教室のドアが開き、輝さんが飛び出すように出て行きました。


「おい、待てヨ! ヒカル!」


 ヴァネさんと成実さんが輝さんを追いかけます。


「お疲れ……」


「あ、竜乃ちゃん、あの、明日のことだけど……」


「心配しなくてもちゃんと来るさ、ただ、今日は……放っておいてくれ」


「う、うん……」


教室を出ていく竜乃ちゃんを見つめる私に、聖良ちゃんが声を掛けてきました。


「あの、桃ちゃん、こんな時にあれだけどちょっと良いかな?」


「う、うん、どうしたの?」


「帰りながら話そうか」


 下校中、聖良ちゃんが口を開きました。


「桃ちゃんさ……私のこと、実は覚えてないでしょ?」


「え⁉ あ、う、うん」


 思わぬ直球に私もこれ以上取り繕うことも出来ず、認めるしかありませんでした。


「ご、ごめん」


「ううん、良いの。だって小学校の時の一か月位だもん、一緒だったのは」


「ああ……そうだったんだ」


「私小さい頃、体弱かったんだ。体の調子が良くなっても、なかなか外で遊んだりすることが無くて……いつも元気で遊んでいる皆が羨ましかった。そんな時だった、引っ込み事案だった私に桃ちゃんが『一緒にサッカーしない?』って誘ってくれたのは」


「そ、そうだったっけ?」


「そうだよ。私はそれが本当に嬉しかったの。でもその後、親の仕事の都合で引っ越すことになっちゃって……とても悲しかったけど、こう思ったの。“サッカーを続けていれば、きっとまた桃ちゃんと出逢える”って」


「そうなんだ……」


「だから凄い努力した。でも残念だけど中学時代は全国に届かなかった……雑誌で桃ちゃんを見て嬉しくなると同時に悔しかった。ああ、なんで私はここに居ないんだろうって」


「そう……」


「そうしたらまた親の仕事の都合で宮城に戻ってくることになってね。急な話だったし受験日の都合もあって、所謂強豪校には入れなくて、正直がっかりしちゃった……と思っていたら、この学校に桃ちゃんが居たんだもん、もう本当にビックリしちゃって! ごめんね、最初訳分からない位ハイテンションで絡んじゃって」


「ああ、あれはまあ、ちょっと驚いたけどね」


「思っていた形とは少し違ったけど、こうして桃ちゃんと一緒にボールを蹴れることがとっても嬉しいの! だから……ああ、何て言えば良いのかな……」


「勝とう」


 私は気が付くと、聖良ちゃんの目を見つめ、その右手を握っていました。


「も、桃ちゃん……」


「勝ち進めばいくらでもサッカーが出来るよ。そして届かなかった舞台に一緒に上がろう」


「う、うん! そうだね、桃ちゃん! 明日は絶対勝とう!」


 そう言って、聖良ちゃんは私の手を強く握り返してきました。


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