第2話(1)ツインテールと猛獣
「ビィちゃん~どこ行くの~」
「学食だよ……」
「学食ホント好きだよな~」
「そうでもないよ、普通だよ……」
「なんか冷たいな~」
「う~ん、っていうか鬱陶しい!」
私、丸井桃が廊下で声を少々荒げてしまったのには理由があります。その場の勢いのようなものに乗せられてか、ともにサッカー部に入ることになった龍波竜乃ちゃんが原因です。容姿端麗、長身でスタイル抜群な美女、しかし今更何に抗っているのか分からない時代錯誤なロングスカートで校則違反上等な悪女、この良くも悪くも人の目を引いてしまう個性の塊のような彼女が私のうしろから私の腰に両手を回し、肩に顎を乗せ、ほとんど私に引きずられるようにして廊下を歩いているからです。否が応でも目立ちます。
「とにかくくっつかないで離れて歩いて!」
「え~せっかくの昼休みなんだから、ビィちゃんの柔らかさを堪能したいんだよ~」
「堪能、ダメ、絶対」
「ビィちゃんのケチ~」
ぶぅーっと口を尖らせた竜乃ちゃんを無理やり突き放して、また私は学食に向かって歩き出します。自分でいうのもなんですが、どうやら私の姿形が彼女の好みにあったようで、例の“壁ドン”の日以来、こうして三日間程、纏わりつかれています。クラスは同じ一年C組でした(彼女は入学以来ずっと休んでいたので気が付きませんでした)。授業中は大人しいのですが(というか中央最前列なのにほぼ毎時限豪快に寝ている)、休み時間などは私の元に来ては、纏わりついてきたり、話しかけてきたり、纏わりついてきたりしています。人生で「かわいい~」よりも「上等だよ、コラ!」というセリフを口にしてきた数の方が多そうな彼女が近くにいるのです。おかげさまで(?)、入学式から私に話しかけてきてくれた子たちとも、若干ではありますが、距離を感じ始めています。しかし不思議なことに、私のこれまで生きてきた中で接することの無かった、ヤンキータイプの彼女と話すこと自体には不安感や不快感というものはほとんど無いのです。やれ丸っこいだの、お団子が現代に転生した姿だの、球体の擬人化だの、散々言われてきたからでしょうか。こちらもわりと気兼ねなく、彼女に物を言うことができます。
「竜乃ちゃんさ、他の人ともそんな風にフランクに接してみれば?これまで三度の飯よりも喧嘩に明け暮れた日々だったかもしれないけど。もっと女子高生らしくっていうかさ…あ、言っておくけど喧嘩はNGだからね、不祥事でも起こしたら、サッカー部が活動停止とかになっちゃうからね……」
そう言って彼女に振り向いたところ、竜乃ちゃんが鬼のような形相で女の子を睨みつける、いわゆる「ガンを飛ばす」行為を行っている光景が目に飛び込んできました。
「⁉ マジでKILLする五秒前⁉」
私は慌てて、二人の間に割って入ります。
「言ったそばから何やってんの⁉ 竜乃ちゃん!」
「こいつがさっきからジロジロこっち見てくるからよぉ……」
「べ、別にアンタなんかには用は無いわよ……」
短めのツインテールの女の子が、竜乃ちゃんに若干怯えながら呟きました。そして私の方に向き直って、笑顔で語りかけてきました。
「丸井桃ちゃんだよね? 久しぶり、小学校で一緒だった姫藤聖良(ひめふじせいら)だよ! 桃ちゃんお団子ヘアー変わってないからすぐ分かったよ!」
ここで問題が発生しました。そう、そうなんです、申し遅れましたが、私丸井桃、丸顔を気にしている癖にお団子ヘアーなんです。って、問題はそこではなくて、この目の前にいる聖良ちゃんという女の子のことを(覚えてないなぁ…)ということです。しかし、目茶苦茶「久しぶりだよね!」感を出してくる相手に対して、どのような対応をすべきか。一瞬の間に様々なパターンが私の脳内に駆け巡りました。そして、導き出した答えは……
「あ~久しぶりだね~!(微笑をたたえつつ)」
“とりあえず相手の調子に合わせてみる”です。ポイントは(微笑をたたえつつ)というところです。これが(満面の笑みで)ならどことなく嘘っぽい、あるいは(苦笑気味に)とかだったら嘘がバレます。いやまあ結局嘘なんですが。我ながら上手く当面のリスクを回避することができたと思います。人生もサッカーもリスクマネジメントが非常に大事です。
「桃ちゃん、部活はサッカー? 私も入学以来風邪で休んでいたんだけど、今日から練習に行こうと思って」
「そうなんだ~」
どうやら私と彼女はサッカーで繋がりがあるらしいです。まだ詳細は思い出せませんが。 「アンだよ、てめえは?」
相変わらず自分を睨み付けている竜乃ちゃんを一瞥して、聖良ちゃんが一言。
「桃ちゃん、猛獣使いでも始めたの?」
「猛獣⁉」
「いや、使役はしてないよ」
「猛獣否定しないの⁉」
「これからお昼?良かったら一緒に学食行かない?積もる話もあるし」
正直積もるほどの話もないのですが、“とりあえず相手の調子に合わせてみる”作戦は継続です。学食に場所を移すことにしました。
「っていうか、アンタ何なの?私は桃ちゃんを誘ったんだけど」
聖良ちゃんが不機嫌そうに竜乃ちゃんに話しかけます。
「アンタじゃなくて、龍波竜乃って名前がある。ビィちゃんとは同クラ(同じクラス)で一緒にサッカー部にも入った、もはや親友と言っても過言ではないな」
私は(親友のハードル低いな)と思いました。すると、聖良ちゃんが若干ムキになったようで、こう言い返します。
「は? それ位で親友⁉ 私なんか小学校のころから桃ちゃんのこと知ってるし!」
「でも中学は別だったんだろ、ぶっちゃけ大差ないだろ」
竜乃ちゃんとは出会って三日ですが、何分私には聖良ちゃんとの記憶が思い出せないので、大変残念なのですが、ここは竜乃ちゃんに(それな!)と心の中で同意しました。
「ぐぬぬ……そ、それでも私の方が桃ちゃんのこと良く知ってるんだから!」
「へえ……例えばどんなことよ?」
「た、例えば……サッカーへの愛が溢れるあまり、頭のお団子の部分を、白黒のサッカーボール風にしてたこととか!」
「うわぁぁぁ! 大声で人の黒歴史言うの止めて!」
それは覚えていました。近所の美容室でやってもらったんだっけ、若気の至りって怖いですよね……。私の叫び声で少々落ち着きを取り戻したのか、聖良ちゃんが冷静に話を続けます。
「大体アンタ、サッカー出来るの? どこからどう見たって、昭和の時代からタイムスリップしてきたヤンキーでしょ」
「三日前に初めてボールを蹴った」
「はぁ⁉ 超ド素人じゃない!」
「今はな、だけど……」
そう言って、竜乃ちゃんは左手で私の肩をグッと引き寄せ、
「ビィちゃんがアタシの舵取ってくれっからよ、名コンビとして名を馳せる予定だからそこんとこヨロシク」
ドヤ顔で、右手の親指をグッと突き立てる竜乃ちゃん。その根拠の無い自信はどこからくるのでしょう。そして、私は何故少し顔を赤らめているのでしょうか。自分でも謎です。
「~~~!」
聖良ちゃんが俯いてしまいました。気のせいでしょうか、ツインテールがピクピクっと動いているようにも見えます。
「そんなの認めない……桃ちゃんは私にとって大切な……」
何やら聖良ちゃんがブツブツ呟いていますが、よく聞き取れませんでした。すると、聖良ちゃんはおもむろに立ち上がり、竜乃ちゃんを指差してこう宣言しました。
「勝負よ! 龍波竜乃! どちらが桃ちゃんにふさわしいか……じゃなくて、サッカー部にふさわしいか! 入部をかけて私と戦いなさい!」
彼女はいきなり何を言い出すのか、ハラハラしながら私は竜乃ちゃんの方を見ました。
「面白ぇ、受けて立つぜ!」
もともと面倒臭いことがもっと面倒なことになりそうです。
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