第1話(3)ストライカーは突然に
「待ちな」
突然凛とした声がピロティーに響き渡りました。私が振り向いたその先には、一人の女の子が立っていました。金色の長い髪で、綺麗な目鼻立ち、スラリとしたスタイルはモデルさんかと見まごうほどです。しかし、その雰囲気から察するに、私は(また違う不良さんが来たな…)と思ってしまいました。
「このままじゃ3対2で不公平だろ、アタシも混ぜてくれよ」
「は? 何なのアンタ? 関係ないでしょ。」
「逃げんのかよセンパイ、二年が一年にナメられていいのかよ?」
「そういや生意気な一年が入ってきたって誰か言ってたっけ……まあいいや、相手してあげる」
「へへ、そうこなくっちゃな!」
ヒカルさんは自分の膝下辺りにボールを上げて、ボレーの要領で鋭いボールを金髪の彼女に向かって蹴りこみます。
「ぐほっ!」
次の瞬間、ヒカルさんが放ったボールは金髪の彼女の鳩尾にめり込みました。苦悶の表情を浮かべながら、自分の目の前にワンバウンドしたボールをヒカルさんに何とか蹴り返しました。
「は? なにアンタ素人?」
力なく返されてきたボールを足元に収めたヒカルさんは呆れた顔を浮かべます。
「なんか醒めたわ、もういいでしょ」
立ち去ろうとしたヒカルさんを金髪さんが呼び止めます。
「待てよ、ボールはちゃんと返しただろ? まだ勝負は付いてないぜ」
「その様子じゃ時間の問題だと思うけど」
そして、ヒカルさんはまた強いボールを蹴りこみます。金髪さんもボールの軌道を即座に見極め、右太腿を上げ、内腿の部分でトラップを試みようとします。
(悪くない反応! ちゃんとボールが見えている……!)
そう思った私は即座に金髪さんにアドバイスを叫んでいました。
「(ボールの)勢いを上手く殺して! 当てるんじゃなくて……」
当然ながらこの瞬間でアドバイスを伝えきれるはずもなく、更にヒカルさんのボールはまたもや急カーブの軌道を描き、金髪さんのいわゆる大事な処に直撃しました。彼女はまたも苦悶の表情を浮かべながら、力なくではありますがそれでもヒカルさんへボールを返しました。
「ち、ちょっと待って下さい! だ、大丈夫?」
私はヒカルさんを制しつつ、片膝を突いた金髪さんの元に駆け寄りました。
「へへっ、アンタの真似をしようと思ったんだが、そんなに上手くはいかねえな……」
「え、もしかして見ていたの?」
「揉め事を嗅ぎ付けるのだけは得意でさ……もっと早く首を突っ込もうと思ったんだが、アンタのボールさばきに見惚れちまってさ……」
「そうだったの…」
「さっきさ、何て言いかけたんだ?」
「え、あ、ああ、トラップっていうのはボールをただ体に当てるんじゃなくて、吸い付かせるようなイメージを持って、って言いたかったの」
「そうか、コツさえ教えてもらえば楽勝だ。今度は止められるぜ」
「聞き捨てならないわね、素人の癖に」
ヒカルさんがわずかではあるが、ムッとした表情をしています。初めてこの人の感情の変化を見た気がします。
「まだアタシはヘバッてないぜ、勝負は続いている!」
「勝負しているつもり無いんだけど……まあいいわ、次で終わらせる」
ヒカルさんが今度はボールを地面に置いたまま、蹴りこんできました。アウトサイドの回転をかけていると見た私はまたも金髪さんに声を掛けます。
「(体に)向かってくるよ!下がって受けて!」
金髪さんは今度も素晴らしい反応で、ボールを左足のインサイドで受けました。勢いは殺しきれませんでしたが、自らの右斜め前に浮いたボールを、右足でリターンしました。一瞬驚きの表情を浮かべたヒカルさんは、間髪入れず左足の甲、インステップと呼ばれる部分を使って強烈なボールを蹴りこみました。今度は回転はかからず、真っ直ぐに金髪さん目掛けてボールが飛んでいきました。
「半歩下がって!膝!」
私が叫ぶとほぼ同時に、金髪さんは半歩バックステップして、体を少し開いて、右太腿の内側でボールを受けました。完璧にボールの勢いを殺せたわけではありませんが、ボールは金髪さんの左前方に浮き上がりました。(絶妙な位置だ……!)と私が感じると同時に、金髪さんはシュートモーションに入っていました。素人のはずなのですが、理想的なフォームが取れています。本能的なモノだろうかと、私は変な感心を覚えるとともに、思わず叫んでいました。
「撃て!」
次の瞬間、凄まじいインパクト音とともに強烈なシュートが金髪さんの左足から放たれました。ボールは初め低い弾道でしたが、そこからググッと浮き上がり、ヒカルさんの顔面の横を抜けて飛んでいきました。二拍ほどおいて、パリンと、ガラスが割れる音がしました。あの方向には体育館があります。距離はここから優に三〇メートルは離れているはずです。そこまで勢いを失わずに届いたということでしょうか……。桁外れの衝撃にその場にいた一同はしばし言葉を失いました。
「……てゆーか、今の音ってガラス割れた音じゃね?」
成実さんが口を開きました。
「マジかヨ! どうスル? ヒカル?」
指示を仰ぐように、成実さんとヴァネさんがヒカルさんの方に振り返ります。
「……面倒ごとはゴメンよ。美花、何とか誤魔化しときなさい」
ヒカルさんは、眼鏡さんにそう言って、二人を引き連れてその場をさっさと離れていってしまいました。取り残された私に、眼鏡さんが話しかけてきました。
「あ、あの、私は小嶋美花(こじまみか)と言います! サッカー部のマネージャーをしています。貴方もしかして……丸井桃さんですか?」
「え、ええ、そうですが」
目をキラキラとさせながら訪ねてきた彼女に、私は戸惑いながら返答しました。
「やっぱり! あの柔らかな身のこなしとボールタッチ! そしてその特徴的な髪型! 中二の時、全中にも出場した貴方がどうしてウチの高校に⁉」
「え、えーと……制服が可愛いからかな?」
まさか華の女子高生が焼きそばトンカツパンで進路を決めたとは言えません。
「部活はサッカー部に入られますよね⁉」
「ま、まあ、そのつもりです」
「良かった! あ、ガラスの件は私が何とかしておきますから! 巻き込んでしまったのは私の責任ですし! それでは部活でお会いしましょう!」
捲し立てるように喋って、美花さんは去っていきました。先程までの彼女とはまるで別人です。あるいはあれが彼女の本当の姿なのかもしれません。するとチャイムの音が聞こえました。これは午後の授業の予鈴です。もうすぐ昼休みが終わります、急いで教室に戻らなくてはいけません。ふと見ると金髪さんが立ち尽くしています。
「あ、あの~昼休みそろそろ終わりますよ~」
恐る恐る声を掛けた次の瞬間、金髪さんは凄い勢いで私の方に振り返りました。ビクっとした私に対して、彼女は興奮気味に聞いてきました。
「なあ! 見たか⁉ 今の?」
「え、あ、ああ、凄いシュートだったね、ビックリしたよ」
「あ、あれアタシが蹴ったんだよな…?」
「? う、うん、そうだよ、貴方が蹴ったんだよ」
「凄え……なんていうか、今までに無い位スカッとした……。こんな感覚生まれて初めてかもしれねぇ……。喧嘩でもこんなに興奮したことねえわ……」
「そ、そうなんだ……」
ナチュラルに喧嘩というワードが飛び出してくることに若干引いている私の両肩を金髪さんがガバっと掴んできました。私はまたビクっとなりました。
「なあ! サッカーやれば、またあの感覚味わえるかな⁉」
「え? ま、まあ、そうかもしれないね。」
戸惑いながら私が答えると、金髪さんの目がパッと明るくなりました。
「よし、決めた! アタシサッカー部入るわ! えっと……名前なんだっけ?」
「わ、私は丸井桃」
「そっか、アタシは龍波竜乃(たつなみたつの)! ビィちゃんもサッカー部入るんだろ?」
「(ビ、ビィちゃん?) う、うん一応そのつもりだよ」
「よっしゃ! またあーいうボールが蹴れるぜ!」
「な、なんでそうなるの?」
「さっきビィちゃんの言う通りにしたからさ! あ! もしかして、ビィちゃんもあんなボール蹴れんのか⁉」
「わ、私は無理だよ、点を取るポジションじゃなくて、ボランチだったし…。」
「ボランチ?」
頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かんだ竜乃ちゃんに対し、私は簡単に説明しました。
「ボランチっていうのは…なんて言うのかな、チームの『舵取り』役みたいなものかな」
「舵取り役か…よし!」
転がっていたボールを右手で拾いあげた竜乃ちゃんがグイグイっと私に向かってきました。
「ええっ、な、何?」
彼女の勢いに気圧されて、後ずさりした私はピロティーの壁に背中を付けました。竜乃ちゃんは左手を私の顔の横に『ドン』と付き、右手にボールを持ったままこう言いました。
『アタシをボランチしてくれ!』
「え、ええ~⁉」
……以上が私が人生初の『壁ドン』を体験した一部始終です。思い返してみてもさっぱり意味が分かりません。完全にその場の勢いに押し切られてしまいました。「ボランチしてくれ」って具体的にはどうすれば良いんでしょうか……。
「なあ~ビィちゃん~サッカー部ってボール蹴るんじゃないのかよ~。」
竜乃ちゃんが情けない声を上げています。放課後になって即、私たち二人はサッカー部に入部しました。そこで素直に昼休みに体育館の窓を割ったのは自分たちだと白状しました。そこで副キャプテン(キャプテンは怪我で休んでいるようです)から言い渡されたのは、「罰として今日から三日間グラウンド二十周」でした。体力作りにも繋がる、私はそれを甘んじて受け入れましたが、竜乃ちゃんは不満そうです。しかし彼女が今より強靭な足腰を手に入れた場合、よりとてつもないシュートが打てるようになるかもしれません。私はそれを見てみたいと思いました。彼女の可能性にワクワクしたのは、彼女自身だけではないのです。私は竜乃ちゃんが退屈しないようにと考え、話しかけました。
「ねえ、なんで私のことビィちゃんって呼ぶの?」
「え、なんかさ、『星の○―ビィ』みたいだなって思ってさ。」
「は⁉」
「ビィちゃんさ、髪型含めて全体的に丸っこいじゃん、怒った顔も赤って言うかピンク色っぽかったしさ。アタシ好きなんだよな、カー○ィみたいな丸々ってしたもんがさ……ってちょっと待ってよ、ビィちゃん~ペース早いって~」
丸顔とか丸い体型とか私が一番気にしていることをズケズケと……!やっぱり勢いに乗せられるんじゃなかった!
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