16、真犯人
秋、というよりももう冬と言った方が正しい。
この時期でよかった。
「お前、手袋は?」
「持ってない。まさかこんな展開になるとは思ってなかったから」
同じしゃがんだ体制で植木の影に隠れている
「ほら、これつけとけ」
そう言って差し出されたのは年季の入った壮馬愛用の手袋だ。しかも片方だけ。
「俺も寒ぃんだよ。片方はポケットにでも突っ込んどけ」
尋ねてもいないのに答える壮馬。
それならばいっそのこと両手ともポケットに突っ込めば良くないかと思ったが、片方だけでも貸してくれた壮馬の優しさを無碍にするのは忍びない。
「ありがとう」と礼を言って右手に嵌める。この手袋の良いところは呪いに強いだけでなく、寒さにも非常に強い。その代わり当たり前だが夏はものすごく暑い。
右手がほわほわと温まってきた頃、「きたぞ」と壮馬が小さく呟く。
茂みから覗くとそこにいたのは紛れもなく
美優はキョロキョロと辺りを見渡し、ある一点で視線が止まる。
そして次の瞬間、ぱあっと花が開いたかのように笑みが溢れた。その表情はどこからどう見ても恋する乙女そのものだ。
「先生!」
美優が一目散に駆け寄る。
「嬉しい!先生から連絡くれるなんて・・・」
しかし、すぐに異変に気付いたのか訝しげに眉を寄せる。
流石に至近距離では厳しかったようだ。
パチンと壮馬が指を鳴らすと、
「残念だけど、牧本先生は来ないよ」
それとほぼ同時に茂みから出てきた璃子が服についた葉を払い落とす。続いて壮馬も姿を現す。
「・・・どうして二人がここに?」
「どうしてと言われても、あなたに連絡したのはあたしだから」
スマホを取り出す。
無理を言って牧本から借りたものだ。実際は脅したと言った方が正しい。
それを見た瞬間、小動物のような丸い瞳がわかりやすいほどはっきりと嫉妬の色に染まる。
「安心してね。別に先生とあなたみたいな関係じゃないから」
「・・・どこまで知ってるの?」
「あなたが滝岸(たきぎし)の標的になってた時に力になってくれた牧本先生を好きになったこと、あなたが無理に迫って二人が男女の関係になったこと、つい先日結婚するからと関係を強制的に終わらせられたこと・・・くらいかな」
目を見開き、唇を強く噛む美優。
「・・・・先生が喋ったの?」
「うーん・・・まあ、そんなところだね」
実際牧本は一言も話していない。璃子が指摘して認めさせたのだが、今はそんなことどうだっていい。
「前置きはさておき、美優ちゃんに聞きたいことがあるの。牧本先生の不眠、あなたが原因だよね?」
美優の肩がぴくりと跳ねる。
「・・・なんのこと?」
「だから惚けなくてもいいって。呪い、かけてるよね?」
無表情を貫く美優だがその手は自然とスカートのポケットを押さえる。
「ポケットの中のもの、出して」
「・・・いやと言ったら?」
「強制的に出させる」
美優はちらっと壮馬を見るとしばし思案したのち、ポケットの中に手を突っ込む。
刀に手をかける壮馬とその後ろに隠れる璃子。かっこ悪いが、万が一何かがあった時自分の身を守る術を璃子は持ち合わせていない。
美優が拳を開く。その上には獣の爪のような形をしたものが一つ、ちょこんと乗っていた。
「・・・なんですか、それ?」
「憑代。これに呪詛を込めて、相手を呪うの」
その言葉に二人は確信する。
「東野、それどこで手に入れた?」
「どこって五丁目にある占いの館だけど・・・」
「自分で選んだのか?」
「ううん。色々悩んでて相談したら、これがあれば自分が憎い相手を呪えるって。何度か相談してたから今回は無料でって言われて・・・」
「なるほど・・・という嘘の話で、最終的に美優ちゃん本人を呪い殺す算段だったんですね、
対角線上の草むらに向かって声をかける。
「・・・なんだ、気付いてたんだ」
観念したかのように女がひょっこりと姿を現した。
「えっ・・・」
顔を見た美優があっと驚いたように口を開ける。
「はじめましてこんばんは。牧本真実さん、ですよね?」
牧本という名字に美優が目を見張る。
真実は返事代わりににこりと笑みを浮かべる。
「単刀直入に聞きます。どうしてこんなことしたんですか?」
「どうして・・・そうね、長年付き合っていた彼氏が女子高生と関係を持ってたって知ったからかしら」
「だからといって他の人を巻き込む理由にはなりませんよ」
同情する余地はあるが、他人を利用していい理由にはならない。
「嫌ね。何か勘違いしてるかもしれないけど、男の子達を嗾けたのは美優ちゃんよ。同じく他人を憎んでいる人を連れてきてくれたら、その人のパワーが更にあなたの呪いを強めるって話したら喜んで連れてきてくれたわ」
「・・・美優ちゃん。どうやって彼らが呪詛を行ったか知ってますか?」
「えっ・・・わたしと同じじゃないの?」
きょとんと小首を傾げる美優。
呪いの方法を知っていて紹介していたのならば同罪だが、この様子だと知らないのかもしれない。
「最近、犬の不審死が相次いでいるのは知ってますか?」
「う、うん。ホームルームで先生が気をつけろって・・・えっ、まさか」
「そう、そのまさかです。彼らは犬を殺すことで得た怨念を原動力にして呪いを行なっていたんですよ」
衝撃の真実に真っ青になった美優が小刻みに震える。
「あーあ、あと少しだったんだけどなぁ・・・まさか
「その誤算要因を潰すために滝岸を使ったんですよね?」
「・・・・・は?」
怪訝そうに眉を寄せる真実。
その様子はとぼけているようには見えない。
「えー・・・あの、ごほん。すみません、忘れてください」
結構自信を持っていただけに恥ずかしい。特に隣の壮馬からの視線が痛い。
「よくわからないけど、まあいいわ。どうせあなた達全員ここで消えてもらうから」
「っ・・・!」
ぱちんと真実が指を鳴らすと同時にぐんっと体が一気に重くなり、美優にだけ黒い靄が巻きつく。
「うっ・・・あっ、ぐっ」
「あなた、いつも自分は可哀想って言ってたけど、
「ぐっ・・・!」
細い首にぐるぐると巻きついた靄が次第に形を現す。
ピンと立った耳、鈍く光る瞳、大きな口から覗く鋭い牙─犬神だ。
「ねぇ、この娘食べてもいいのよね?」
もがき苦しむ美優を見て舌舐めずりをする。
「ええ、呪い殺してやろうと思ったけど、もういいわ。そろそろあの人も限界だろうし。それと、あそこの二人も食べていいわよ」
「へぇ・・・あれはまた美味そうね」
目があった犬神がニンマリと口元を緩める。
「さて、それじゃあまずはこの娘を頂くわ」
「あっ・・・あ」
美優の体が更に高く持ち上がる。
苦痛に歪められた顔は涙と涎でびちょびちょだ。
助けなければと頭ではわかっている。わかっているのに、体が動いてくれない。
なんとか視線を横にずらすも、壮馬も同じく身動きが取れないようだ。それでも璃子と違い片膝をついた状態で踏ん張っているのは流石である。鍛え方というか、体の構造が根本的に違う。
しかし、動けないのは同じだ。どうすればこの状況を打破できるのかと頭を巡らせていたその時。
「りっちゃん?」
聞き覚えのある声に顔を向けると、公園の入り口にアイスを咥えたまま目を丸くした
「赤やんも、二人でこんな時間に何してんの?」
「来んな!」
壮馬が叫ぶが、桃矢はお構いなしにザクザクと枯葉を踏むながら公園の中に入ってくる。
「バッ、来んなっつってんだろ!」
「来んなって、公園は公共の施設だよ?俺だって使用する権利は・・・って、えっ?」
やっとその他の存在に気がついたのか、目を見開く桃矢。その瞳はばっちりと犬神を捉えてた。
「に」
逃げて。
たったその一言の合間に犬神が目にも留まらぬ速さで桃矢を捕まえる。
「桃矢っ!」
璃子の叫び声と美優が地面に叩きつけられる音が混じる。
「見つけた・・・見つけたわっ!」
「ぐっ・・・あっ」
桃矢が苦しそうにもがく。
「ちょっと、何してるのよ!先にあの子を」
「ッうるさいわね」
「きゃっ」
乱暴に薙ぎ払われ真実の体は数メートル先のトイレの壁に叩きつけられ、そのままその場で倒れる。
あり得ない。
二人はその光景に目を疑う。
憑き物と呼ばれる妖は、自身を呼び出した者がいなければ存在できない。つまり今回の場合、真実に万が一のことがあれば自ずと犬神はその形を保っていられなくなる。そんなこと本人が一番わかっているはずなのに、その憑き人をぞんざい扱うなんて・・・。
「ははっ、これで、これでわたしは自由よ!」
「やめっ・・・」
犬神が大きく口を開け、桃矢に襲いかかる。
「やめて!」
「やめろ!」
ヒュン。
悲鳴にも似た声を上げるた二人の前を何かが横切った。
どさりと音を立てて桃矢が地面に落ちる。
「あっ・・・がっ」
呻き声をあげて犬神がのたうちまわる。
今の一瞬で一体何が起こったのかわからず、半ば呆然としていると急に何かに腕を掴まれた。上に引っ張られ、無理矢理立たされる。
慌てて顔をあげると、そこには壮馬とよく似た切れ長の目をした老人の姿。
「お爺ちゃん!」
「ジジイ!」
孫たちの声に老人─
「・・・全く、お前たちは相変わらず声だけはでかい。ほら、これを飲ませてやれ」
胸元から取り出した瓶を受け取った壮馬は、気を失っている桃矢の口に瓶を突っ込んだ。
あまりの配慮のなさに、桃矢とはいえど流石に同情していたが青白かった頬に赤みが戻ってきた。
さすが、殊光だ。全てにおいて優っているが、特に即効性の点においては璃子が煎じたものとは一味も二味も秀でている。
「さて、お前たちへの説教は後からだ。それで、あれどうするつもりだ」
説教という言葉に「げっ」と壮馬が顔を歪める。
「どうするもこうするも・・・素材になるから仕留めようと思ってた」
「なるほど。よく勉強したようだが・・・」
殊光がまだ苦しそうにもがいている犬神を見て、目を細める。
「・・・あの程度なら、子飼いにする方がいいだろう。おい、壮馬」
壮馬がキャッチする。
手を開くと、白銀色の勾玉が鈍く光を放っていた。
「あいつを斬ってすぐにそれを投げつけろ。いいか、殺すなよ。致命傷だと死んで使い物にならん」
「・・・よくわかんねぇけど、やってみっか」
壮馬が立ち上がり、背負っている刀に手をかける。
「クソっ!人間風情が馬鹿にしおって!」
片目が潰れた犬神が壮馬たち目掛けて向かってくる。
シュパン。
何かが宙を飛び、どさりと音を立てて地面に落ちる。
「ぐっ・・・ああっ!」
犬神が右腕を押さえ、倒れ込む。
「おのれ・・・おのれおのれおのれ!!」
残った左腕を大きく振りかざす。
しかし、その腕はいくら待っても振り下ろされることはない。
「あっ・・・がっ・・・クソっ、なんだこれは!」
みるみるうちに犬神の体全体へ呪印のような模様が広がる。
「さあ、詳しいことはあそこにいるジジイに聞いてくれ」
「貴様っ!覚えておけ!いつか絶対にこ」
言い終わる前に犬神が姿を消す。
壮馬が拾い上げた勾玉は白銀から深い青色に色を変えていた。
「おお、成功したな」
「お爺ちゃん、あれ何?」
「うん?ああ、あれは妖を封じ込め使役するための封具だ。わかりやすくいうとほら、お前たちが小さい頃見てたあの旅に出てモンスターを捕まえる物語のボールだな」
黄色いネズミとキャップを被った壮馬が頭に浮かぶ。
「・・・うん、理解した。ところで、これいくらしたの?」
璃子の問いに、殊光が口を閉ざす。
「お爺ちゃん?」
「・・・いや、ちょっとよく覚えておらんなぁ。あ、そういえば二人に土産があるのを忘れとった!後片付けが済んだら早く帰って来い。儂は先に帰ってるからな!」
駆け足で公園を後にする殊光。
その様子から察するに目玉が飛び出るほど高いとまでは言わずとも、璃子が頭を抱えるくらいの額を落としてきたのだろう。
「おい、それでどうする?」
「どうするって・・・」
気を失っている人間だけで三人。それに付け加え、公園の中は荒れに荒れていた。
「・・・・片付けるしかないでしょうよ」
「・・・だよな」
二人は小さくため息を漏らす。
二時間くらいは眠りたい。きっと叶わないのだろうけど。
とっぷりと暮れた夜、月の光を浴びながら璃子と壮馬はせっせと手を動かし始めた。
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