4、依頼
学校帰り、最寄駅から自宅までの道を歩いていると、すぐ横で赤のスポーツカーが止まった。
「りっちゃん、久しぶり〜」
運転席の窓から顔を覗かせたのは、
「由乃ちゃん、また車変えたの?」
たしかこの間会った時は青のクーペだったと記憶している。
「あら、よく覚えてたわね。そうなのよ、また飽きて変えちゃった・・・って、そんなことはどうでもいいの!りっちゃん、この後暇?」
聞かれて答えに悩む。
今日は店番も調合もしなくていいのだが、以前暇だと答えたら隣県のカフェまで連行されたことがある。
あれ以来彼女に対して軽々しく暇だと答えるのは、非常にリスキーな行為だと学んだ。
「・・・一時間・・・いや、二時間くらいなら」
「良かった。じゃあ、乗って乗って」
相変わらず、豪華だな。
璃子の通う
それに比べ、まだ創立して十年ばかりしか経っていない
制服も茶色のブレザーに赤もしくは青のチェックのボトム、女子はリボンに男子はネクタイとこの辺りでも一位、二位を争う可愛さだ。
そういえば今日はどこに連れて行かれるのだろう。
最初はサッカー部のいるグランドに顔見せにでも行くのかと思ったが、どうやら方角的にそうではないらしい。
慣れた手つきで入校手続きを取った由乃から受け取った関係者パスを首からぶら下げる。
だからといって他校生という事実には変わりはない。
すれ違う生徒たちがひそひそと声を顰める。
中には「
こんなことならば一旦家に帰って着替えて来れば良かった。
まるで見せ物にでもなったかのような居心地の悪さに胸がざわざわする。昔から注目されるのは得意ではない。しかし、今更そのためだけに後戻りはできない。
好奇の視線に耐えながら到着したのは数学準備室だ。
「
ノックするわけでもなくいきなりドアを横にスライドさせた由乃。
中では椅子に座った男が驚いた様子でこちらを見ていた。
「・・・なんだ、羽島か。どうしたんだ、いきなり」
「いきなりじゃないわよ。今日行くって連絡したでしょ」
ずいっと差し出したスマホには確かに「会いに行く」とメッセージが表示されているが・・・。
「・・・由乃ちゃん、流石に二十分前のメッセージは難しいんじゃない?」
なるべく黙っていようと思ったが、流石にこれはツッコミを入れざるを得ない。
しかも既読にすらなっていない。これで事前連絡したと言うには無理がある。
「羽島、その子の言う通りだ。ところでなんでこんなところに泉原女学院の生徒が居るんだ?」
剣のある物言いに、璃子は愛想笑いを浮かべた。
基本的にどの高校も外部生は立ち入り禁止なのだからそんな反応になるのは仕方がない。
「わたしが連れてきたの。ほら、りっちゃんも座って」
いつの間にか椅子に座っていた由乃が、隣のパイプ椅子をどんどんと叩くので大人しく言う通りに腰を下ろす。
「さて、それでは本題に入るわよ」
完全に場を仕切る由乃。
残りの二人は彼女の性格をよく知っている故か、大人しく聞く体制になる。
「牧本、あなた最近眠れていないんですってね」
「・・・
「ええ。三日前に連絡が来たの。何を試しても、どんな薬を飲んでも効果がない。日に日に弱っていってるってね」
確かに目は落ち窪み、覇気はない。
初対面なので元からそういうものだと思っていたが、どうやら違うようだ。
「・・・まあね。たぶん合計すれば一日二時間くらいは眠れていると思うけど、熟睡感は全くないね」
「薬はベンゾジアゼピン系?それともメラトニン受容体作動薬?」
「出せるものは全部出してもらった。もうかれこれ一ヶ月は続いているんだ」
「一ヶ月・・・」
想像よりずっと長い期間に思わず声が漏れる。
一日でもふらふらなのに、一ヶ月も満足に眠れなければ自分ならば確実に死んでいる。
「・・・りっちゃん、ちょっと診てやってくれない?」
薄々とは感じていたが、自分の呼ばれた意味を理解する。
「ちょっと待って。どういうこと?」
璃子が返事をするより前に、牧本が割って入る。
「どうって・・・ああ、そうだ。自己紹介がまだだったわね。この子は赤城璃子ちゃん。桃矢の幼馴染で、将来のわたしの将来の親戚。そして漢方薬の達人」
「・・・漢方」
由乃の説明にはツッコミどころが多々あるが、半分くらいは間違っていないので黙っておく。必要なところはあとから訂正すればいい。
「でも、まだ高校生だろ?」
「そうよ。でも、うちの薬で効かなかった症例がこの子の店の薬で良くなったことは実際あるの。まだ薬剤師の国家資格は持っていないけど、すでに実践経験は十分なはずよ」
「でもそれって、アウトじゃないのか?」
訝しげに眉を顰める牧本。
「まあまあ。すでに小学生で登録販売者の資格を取得してるからいいんじゃない?それに市販の漢方は第二類医薬品か健康食品扱いだから問題ないでしょう。店舗の責任者はまだお祖父様が現役でなさっているから」
ね、と同意を求められ、小さく頷く。
これにおいては全て正しかった。
少し考える素振りを見せた牧本だが、わかったと小さく頷いた。
「すみません。それではまず舌から診ますね」
璃子は牧本の対面に座ると、舌を確認した。続いて脈、そして眠れなくなった時期、現在の体調などを詳しく問診する。
「・・・わかりました。では、本日中に作りますから明日でも大丈夫ですか?」
璃子の頭にはすでに調合が浮かんでいる。
遅くとも明け方までにはできるだろう。
「今日中には・・・無理だよね」
「すみません、それは少し難しいんです」
どうしても欠かせない材料が残念なことに手元にはない。手に入れるためには採取するか、連絡して持ってきてもらう必要がある。
「・・・わかった。じゃあ、それでお願いするよ」
「ありがとうございます。あの一応予算を聞いててもいいですか?」
一応というか、はっきりと聞いておかなければ請求時に大変なことになってしまう。
「お代の心配はしなくていいわ。今回はわたしが結婚祝いとして払うから、とにかく効果の出るものにして頂戴」
「羽島・・・」
牧本が涙ぐんでいるところ悪いが、璃子はほっと胸を撫でろした。
由乃が払うということならば全く気負うことなく高級素材を使って作ることができる。
なんてったって彼女はあの日本屈指の製薬会社、羽島製薬の御令嬢なのだ。金は余ってはき捨てるほどある。
よし、さっさと帰って連絡して仮眠でも取ろう。
そう思って立ち上がった璃子だったが、
「ああ、そうそう!実はもう一つりっちゃんにお願いがあったの」
そう言って渡されたのは、綺麗にラッピングされているため中身はわからないが重さと形状から推測するにスポーツタオルである。
「これ、桃矢に渡してほしいんだけどりっちゃんお願い出来る?」
「別にいいけど・・・」
せっかくだから自分で行けばいいのに。
そんな璃子の頭の中を覗いたかのように、くすりと笑う由乃。
「わたしが行くより、りっちゃんが来た方があいつも嬉しいのよ」
「ないない、それはない」
璃子はきっぱりと言い切る。
中学の時に似たようなシチュエーションで忘れ物を届けたが、あまりいい顔をされなかった前科がある。
璃子の反応に一瞬困ったように眉をよせた由乃だったが、すぐににっこりと笑みを浮かべる。
「じゃあ行ってくれたら、薬代に少し色をつけてあげる」
「是非行かせていただきます」
即答だった。
背に腹はかえられない。
「ふふ、ありがとう。それじゃあ、わたしは先に帰るからよろしくね」
パチンとウインクすると、颯爽とその場を去っていた。
「よし、行くか」
後ろ姿を見送った璃子は、由乃とは反対の方向へと歩き始めた。
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