第77話 女の敵は弾けなさい!
「ぐふふふふ、こんなところでお会いできるとは運命でしょうか?」
夜になりカタリナの部屋に一人の男が訪ねてきた。男の名はヘドロ、一ヶ月前にカタリナが解呪を行った商人だ。
「ヘドロ様、このような場所で御会いできて嬉しく思います。ですが、ここには私しかおりません。もし他人に見られたら良からぬ噂が立ちますので、日を改めていただけないでしょうか?」
もしかしてアースが訪ねてきたのかと思い、カタリナは浴衣姿で対応してしまったことを後悔する。ヘドロの視線は胸元に釘付けになっていたからだ。
「いえいえ、その点に関しては心配ないかと」
やんわりと諭すカタリナだったが、ヘドロが帰る様子はない。
「どう言うことでしょう?」
眉根を寄せるカタリナ。
「聖国も合意の上と言うことです」
「なっ?」
そう言うとヘドロは部屋へと入ってきてカタリナを押し倒す。
「お、お止めくださいっ! 女神ロザリーはこのような不徳、お許しになりませんよっ!」
太っているヘドロに組み伏せられてしまうとカタリナには抗う術がない。必死に改心するように呼び掛けるのだが……。
「言ったでしょう、聖国のお墨付きだと! 私がこの部屋の場所を誰から聞いたと思っているのです!」
「まさかっ⁉」
レミリアの顔が浮かぶ。宿の手配も含めて彼女がしていたからだ。
「私は聖女です。私に手を出すと言うのは、女神ロザリーに背くと言うことなのですよ」
カタリナは気丈に振る舞うと、ヘドロを拒絶した。だが……。
「カタリナ様は何も知らないと見える。そもそも、聖国が認定する聖女と言うのは、治癒魔法に秀でた見目麗しい女性を箔付けして、私たち有力者に差し出す際の価値を高める意味合いでしかないのですよ!」
「う、嘘ですっ!」
ヘドロの言葉を否定するが、最近自分が受け持った患者を思い浮かべると、決して否定することができない。
「貴女を娶ることについては、一ヶ月前にレミリア殿とも話が付いているのですよ」
「まさかっ⁉」
急に与えられた休暇に、有力者しか泊まれない高級旅館。そして、そこに突然現れたヘドロ。すべては仕組まれていたのだ。
「聖国の意志は女神ロザリーの意志、レミリア殿も、貴女の両親も、喜んでお金を受け取っていましたよ」
その言葉にカタリナはショックを受ける。聖女になってから一度も顔を会わせなかった両親の姿が思い浮かぶ。
結局、彼らは最後まで自分のことしか考えていなかったのだ。
絶望がカタリナを支配する。
この部屋は他の宿泊客とは離れた場所にあるので、声を上げても誰かが気付くことはない。
金を支払っている以上、どれだけ諭そうとも、教義を説こうともヘドロが止まることはないだろう。
「私に身を委ねていただければ、極上の快感を与えて差し上げますよ」
桃色の液体が入った瓶を開け、その中身をカタリナの口元へと運んでくる。
それを飲まされたら自分はどうにかなってしまうのだろう、そう考えたカタリナは涙を浮かべる。
ふと、アースの顔が浮かぶ。
「嫌です! アース様にしか触れられたくないっ!」
心の底からの叫び声をあげると、
「へぶっ!」
次の瞬間、何者かが部屋に入ってくると、ヘドロを蹴り飛ばした。
「な、何をするっ!」
「そっちこそ何なのさ!」
現れたのはリーンだった。彼女は腕を組むと、ヘドロに向かって怒鳴り返す。
「深夜に女性の部屋を訪れて強引に襲ってた。これって犯罪だからねっ! 正義はリーンちゃんにある!」
そう言ってカタリナにウインクをして見せた。
「リーンさん、どうして?」
異変を感じ取れるわけがなかった。だというのにどうしてここに来てくれたのか、カタリナは気になった。
「今日一日、そこの男をたびたび見かけたからさ。カタリナのことずっと見ていたみたいだし、警戒していたんだよん」
ライラから「こちらを見ている者がいる」と言われ、視線の先を読んだところ見ている人物はカタリナ目当てだった。
一緒に行動している間に接触してくる気配はなく、視線自体から危険なものを感じたリーンは、カタリナと別れたあともこっそりと彼女の護衛をしていたのだ。
「い、いきなり入ってきて無礼なっ! 私は貴族にも知り合いがいるのだぞ! 今回の件で貴様らを罪人にすることもできるのだ!」
ヘドロは鼻から血を流しながら、醜悪な笑みをリーンへと向ける。
突然蹴られて怒りを覚えているのはあるが、よく見てみればリーンもそこらでは滅多に見かけない美少女だった。ヘドロは今回の件をネタに脅した方が得だと判断したのだ。
「訴えられたくなければ、ここにきて私の前で股をひらくのだ!」
己の優位を確信しているのか、ヘドロは厭らしい笑みを浮かべる。だが、
「ふーん、そうにゃんだ~。貴族への伝手ならリーンちゃんもあるんだよ」
リーンは怯えるどころか、さらに楽しそうな笑みを浮かべる。
「なんだ……と……?」
「さあ、ラケちんっ! 出番だよっ!」
「あんたって娘は……」
そう答えると、部屋にラケシスが入ってくる。
「な、あ……あなたは……」
こんなところで遭遇するとは考えていなかったヘドロは驚きの表情を浮かべる。
「また会ったわね」
ラケシスは怒りに満ちた目でヘドロを見ていた。
「こ、これは……違うんですよ、ラケシスさん」
猫撫で声を出し始めたヘドロはラケシスへと擦り寄っていく。
ラケシスはSランク冒険者だ。
どの国でもSランク冒険者には貴族と同等の権限が与えられるため、彼女と争うのはまずいと咄嗟に判断する。
「しばらくぶりだけど、元気そうね」
「え、ええ。お蔭様で」
ラケシスが話し掛けてきたことにホッとしたのか、ヘドロは笑みを浮かべた。
「私は、あんたが贈ったあのネックレスのせいで散々な目に遭ったんだけどさぁ!」
「ひいいいいいいいいいいいいいっ!」
次の瞬間、紫電が弾け部屋中に破裂音が響く。
ヘドロの奸計のせいで、アースと色々なことをしてしまったのだ。
「あの時から、あんたの顔を見たくて見たくて仕方なかったのよね」
やがて、魔力が右手に集まると。ラケシスは拳を握りしめ、ヘドロを殴る構えをとった。
「たす、たすけ……」
咄嗟にリーンの方を向き、助けを求めるヘドロだったが……。
「あー、ラケちんは一度潰すと決めたら絶対止まらないから。御愁傷様」
両手を重ねて合掌するリーン。
「女の敵は弾けなさい!」
ヘドロの視界を紫の光が満たし、その拳が振り下ろされると……。
「あばばばばばばっ!」
ヘドロは失禁してその場に倒れた。
嫌そうな表情を浮かべ、ヘドロを見ていたラケシスだが、やがてカタリナの方を向くと……。
「いずれにせよ、今回のことはロザリア聖国にも抗議しておくわ」
普通の相手であれば金を握らせ黙らせることもできただろう。
だが、今回は相手が悪い。手を出されたのがカタリナで、目撃者がラケシスなのだ。
こうなったからにはヘドロの破滅は避けられないだろう。
「あんたはもう終わりね」
ラケシスはそう言うと、カタリナを連れて部屋を出るのだった。
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