第66話 そうね、アースは魔導具オタクだから仕方ないわ
「そう言えば年末はどうされますか?」
ラケシスをエッチなハプニングから救い、数週間が経過した。
ここカシューの街はすっかり寒くなり、山の方では既に雪が積もり始めていた。
「ん、どうするって?」
リーンが食事を摂りながら首を傾げる。アースの質問の意図がわからなかったからだ。
基本的に冒険者は寒くなると活動を停止する。モンスターも冬場は大人しく、依頼自体が減ってしまうのだ。
「皆さん実家に帰られたりしないんですか?」
ラケシスの両親が死んでいることは聞いているが、他の人間の家族の話をアースは知らない。普通なら年末年始は実家に帰るはずなので、先もって予定を聞いておくことにした。
「俺は……顔出すと面倒だから帰らないな」
ケイは苦笑いを浮かべるとそう告げる。どうやら実家に帰ると厄介ごとがあるらしい。
「ワシも特には顔出さぬ。便りがないのが元気な証拠である」
ベーアはあっさりと答える。特に思うことがないのか帰郷するのが面倒なのか、成人した男の立場ならそんなものだろう。
「私は別に……。おばあ……ババァにはよく呼び出されてるからね」
ラケシスはしょっちゅうリンダに呼び出されて小言をもらっているせいか、年末年始を一緒に過ごすつもりはなさそうだ。
「アースきゅんはどうするつもりなの?」
皆が帰省しない様子だったので、リーンはアースの予定に探りをいれた。
「僕は旅行しようかと考えています」
冒険者ギルドの職員は労働環境がわりとしっかりしている。年末年始を含み、世間の長期休暇に合わせて休みを与えるのだ。
「旅行?」
ラケシスは興味を持ったのか、胸をテーブルに乗せるとアースを見た。
「ロザリア聖国にあるブレスと呼ばれる街を知りませんか?」
「知ってる! ロザリア聖国の聖地で、かつて女神ロザリーが降臨したって伝説がある街だよね。年の瀬は巡礼者で賑わっているという……。アースきゅんってロザリー教徒だっけ?」
そのような話を聞いたことがないのか、リーンは首を傾げる。
ブレスは古代文明の名残が残る古い街で、区画整理がされており、いたる場所には古い建造物が保存されている。
そのすべてに何らかの由来があり、真面目に一つずつ回ればいくら時間があっても足りない観光地でもあるのだ。
「いやいや、アースの目的は色街だろ? ブレスは色白美人とキモノとかいう衣装が凄いらしいからな」
ケイがアースの目的を推測しからかうと、リーンとラケシスの目の色が変わった。
「……ケイ、最低」
「これだから男は……」
リーンとラケシスは冷めた目で男どもを見る。
「いやいや、違いますって」
適当な理由で軽蔑されるのはまずいと思ったアースは、慌てて両手を振るとケイの推測を否定した。
「だったら何しに行くのよ?」
ラケシスは語気を強めて問い詰めた。理由を言い淀んだらケイの言う通り色街に行くと判断して再起不能にさせる。そのための魔力を誰にも気付かれないように瞬時に練り上げていた。
「毎年この時期にブレスで古代文明の魔導具の展示会が開催されるんですよ。様々な魔導具が出展されて盛況らしいので、一度見てみたいと思ってたんですよ」
ところが、ちゃんとした目的を持つアースは難を逃れる。
「なぁーんだ。そ、そうだよね。アースきゅんは女の子よりも魔導具が好きなオタクだもんね。リーンちゃん焦っちゃったよ」
アースらしい理由を聞いて、リーンはホッと胸を撫でおろす。彼女もアースを疑っていたのだ。
「そうね、アースは魔導具オタクだから仕方ないわ」
二人して焦りを誤魔化すと、うんうんと頷き納得した様子を見せる。
「その認識の持たれ方は若干嫌なんですけど……」
別に女性に興味がないわけではない。アースとて年頃の男並みにはそういったものに惹かれている。
だが、それを同じアパートに住む女性に告げると、色々不都合があるので黙っている。アースが名状し難い感情を持て余していると、ベーアが話し掛けてきた。
「ふむ、ブレスの街と言えば有名な武家の槍術の道場があったはず。アース殿、その旅行にワシも同行して構わぬか?」
ブレスの歴史は古く、武家なども多く存在している。ベーアはその内の一つに興味があったようだ。
「ええ、別に構いませんよ」
旅の道連れは大歓迎とばかりに、アースは笑顔で返事をする。
「ベーア師範が行くのか。なら俺もアパートにいても暇だし、一緒させてもらおうかな?」
どうせアースが休暇の間は、食糧の調達は自分たちで行わなければならない。それだったら旅行に同行した方が良いとケイは考えた。
「本当ですか、実は一人旅に不安があったので、御二人についてきて来ていただけるなら心強いですよ」
ベーアとケイが同行を申し出るとアースは嬉しそうに了承する。
「こっちこそ、楽しみにしているからな」
「うむ、男三人。気ままな旅をするのも良かろう」
すっかり盛り上がる三人に、リーンとラケシスは苦い表情を浮かべると互いの顔を見るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます