第62話 あんたっ! ど、どこ触っているのよ!

「はぁはぁ、やっと着いた」


 仕事を終えたラケシスは、アパートへと戻ってきた。


 ひさびさに魔力が尽きたせいか疲労が激しい。


「も、戻ったわよ……」


 アースに手を貸してほしくて声を掛けたが、出迎えに出てくる様子がない。


 どうやら出掛けてしまっているようだ。


「と、とりあえず、休まないと……」


 ラケシスはどうにか、自分の部屋へと戻りベッドに倒れ込むと、そのまま意識を失うのだった。




「ふぁ……良く寝た」


 夕方になり、ラケシスは起き上がる。頭がぼーっとし、身体がややふらつく。


「魔力も少しは回復しているみたいね」


 久々の魔力枯渇により、熟睡してしまったようだ。


「汗が服に張り付いて気持ち悪い……」


 帰宅してそのままベッドに倒れ込むと同時に意識を失ってしまった。汗で身体がベタつくので、ラケシスは着ていたコートをハンガーに掛ける。


 一度着替えようと考え、下着を脱ぎ捨て、ドレスに手を掛けたところ……。


 ――コンコンコン――


「ラケシスさん。起きてますかー?」


 ドアが叩かれ、アースの声が聞こえた。ラケシスは返事をしようとして自分の格好に気付く。


 せめて服を着てから答えようと、床に落ちている下着を回収しようとすると、ふらついてしまい……。


「えっ? きゃああああああああああっ!」


 バランスを崩して転んでしまった。


「どうしたんですかっ! ラケシスさんっ!?」


 悲鳴を聞いたアースは、ドアを開けて部屋へと入った。


「ば、馬鹿っ! 何勝手に入ってきてるのよっ!」


 ラケシスは顔を真っ赤にしてアースに怒鳴りつける。


「す、すみませんっ!」


 アースは咄嗟に顔を逸らしたのだが、今しがた見たものの刺激が強すぎて、心臓が飛び出そうになっていた。


「ラケシスさん、何て格好してるんですかっ!」


 アースの声がラケシスに届く。


「う、うるさいっ! さっさと出て行きなさい」


 アースが退散すると、


「うううっ。見られた……最悪だわっ!」


 一糸まとわぬ姿をアースに晒してしまったラケシスは、目に涙を浮かべるのだった。




「アース、お茶」


「はい、ラケシスさん」


 それから着替えとシャワーを浴びたラケシスは、食堂を訪れるとアースをぼこぼこにした。


 彼の顔にはラケシスに殴られた跡がくっきりと残っており、痛々しさを放っている。


「それにしたって酷いですよ。僕はただ、ラケシスさんが悲鳴を上げたから心配だっただけなのに……」


「……私の裸を見て命があったことを喜びなさい」


 実際、女神と比べても遜色のない裸体を拝んだ代償にしては安いものだ。


「それにしても、随分と疲れていたみたいですね? さっきから何度呼び掛けても返事がなかったから本当に心配したんですよ」


 アースの言葉にラケシスは反省する。昼食にも手を付けておらず、帰宅しているのに反応がなかったラケシスが、突如悲鳴を上げれば、アースの性格からして心配するに決まっている。


「ちょっと、魔力が枯渇してたから。寝てて気付かなかったのよ……」


 魔導アーマーに注がなければならない魔力量は膨大で、杖に溜めていた分まで放出してギリギリだったのだ。


「へぇ、ラケシスさんが魔力切れを起こすなんて珍しい。一体、何を討伐しに行ってたんですか?」


 興味を引くアースに、ラケシスは今日の依頼内容について話してやることにした。


「それで、その魔導アーマーって型式はどんなでしたか? 古代文明旧型? それとも超古代文明新型?」


「わかるわけないでしょ……」


 先日、魔導アーマーに魔力を注いで起動したことを話したラケシスだが、アースの食いつきに早くも後悔していた。


 そうなのだ、目の前にいるこの男は、珍しいアイテムが大好きで、その手の話となるといつまでも黙ることはない。


「そっか、なるほど……。魔導アーマーを起動するには並の魔道士百人分の魔力が必要になりますからね、基本的に単一魔力でないと動かせない魔導アーマーですが、古代文明当時の人類は今の人間に比べて魔力総量が少なかったと言われているんです」


 ラケシスが白い目で見ている間にも、アースはうんちくを語り続ける。


「なので、普通なら魔導アーマー一体も動かすこともできないのですが、とある装置を開発してそれを補ったのです」


「何よ、その装置って?」


 ラケシスは問いかけた。


「魔力コンデンサーと言って、今ラケシスさんが使っている杖と同じような仕組みで、取り込んだ魔力を混ぜ合わせて不純物を取り除き、純魔力にする装置です」


 この発明のお蔭で、魔力問題が解決し、古代文明は大きく進化したと言われている。


「これを使うことで、様々な魔導具の研究が進み、超古代文明の礎となったのです」


「ああ……そう」


 まだ無性に身体がだるいラケシスは面倒くさくなって聞き流す。


「すんすん、そういえばラケシスさんから妙な臭いがしますね」


「あっ、あんた何言い出すのよっ!」


 がばっと顔を上げると、ラケシスは自分の腕に鼻を近付ける。風呂に入ったばかりなので汗臭くはないはずなのだが、アースに指摘されると気になった。


「ふむ……うーん?」


 アースがラケシスの胸元を凝視する。風呂上りということもあってか、彼女は無地のシャツを身に着けているだけだった。前でボタンで留めるタイプで、胸元が大きく膨れ上がっている。


 その中に、何やらさらに盛り上がっている部分を見つけたアースの目付きは益々鋭くなる。


「な、何じっと見てるのよ、へ、変態っ!」


 先程裸体を見られたことを思い出したのか、ラケシスの体温が上昇する。


「そ、そうだ……水」


 アースの視線から逃れたく、立ち上がったラケシスは台所へと向かおうとするのだが……。


 ――ガンッ――


 慌てたせいで椅子を蹴飛ばしてしまった。


「えっ?」


「危ないっ!」


 気が付けば視界にアースの姿があった。


 近くには椅子が倒れており、自分はアースへと覆いかぶさっている。そしてアースの手は……。


「ん……ぁん」


 胸を揉まれ、ラケシスから艶めかしい声が漏れた。


「ラ、ラケシスさんっ! は、離れてください!」


 胸をわし掴みしたまま、アースは顔を真っ赤にして混乱している。


「ああああ、あんたっ! ど、どこ触っているのよ!」


 目に涙を浮かべながら、ラケシスはアースを睨み付ける。


「そんなこと僕に言われても! いいからどいてくださいよ」


 手を放すわけにもいかず、そう言っている間にもアースの手がラケシスの胸を揉む。


「こ、このっ!」


 次の瞬間芸術的なまでのビンタがアースの頬に炸裂した。

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