第61話 正直、壊すのは得意だけど直すのは苦手なのだけど?
「結局、カタリナ様とそんなに遊べなかったよね」
食堂のテーブルで、リーンは足を伸ばすとつまらなそうな表情を浮かべた。
「仕方ないわよ、神殿総本山から命令書がきたんだもの」
ラケシスも、ぶすっと頬を膨らませている。
アースと再会した翌日、カタリナが尋ねてきて「もう旅立たなければなりません」とあいさつに来たのだ。
後ろ髪引かれるながら立ち去ったカタリナだったが、想い人に逢えたことで落ち着いていた。
アースに「また遊びに来てもよろしいですか?」と言うと、手を握り締めて約束していた。
「まあ、もうすぐ年末ですからね、色々と忙しいのは仕方ないかと思いますよ」
年始の聖地巡礼などの行事もあり、世界中から人が集まるので、神職の――特に聖女ともなると多忙になる。
そして、神職とは裏腹に、リーンなどの冒険者は、冬場はモンスターの動きも鈍くなるので、仕事が減り暇になる。
ケイとベーアは朝から用事で出掛けているが、リーンはぬくぬくとした室内で何するわけでもなく寛いでいた。
「さてと、私は出掛けてくるわね」
「ありゃ、ラケちんも用事?」
「……面倒くさいけど仕事を頼まれてるのよ」
嫌そうな表情を浮かべるラケシス。彼女の立場なら仕事を選べるのだが、今回はギルドマスターをしている祖母のリンダからの紹介ということもあり、断ることができなかった。
「リーンさんはこのままここでうだうだしてるんですか?」
「リーンちゃんはこの後、ライラのアパートに遊びに行くつもりだよ」
アースは二人が出て行った後の家事の段取りを考え始めた。
「私の依頼はそんなに時間が掛からないとおもうから、午後には帰ってくるから」
「わかりました、では昼食を用意しておきますね」
そう告げると、ラケシスはアパートを出るのだった。
「まったく、こんな日に依頼なんてしないでほしいわね」
ラケシスはそうぼやくと、目的の場所を訪れるべく足を動かした。
季節は変わり、益々寒さが厳しくなり、日中とはいえ外を歩くのが辛くなってきた。
ラケシスは、アースに用意してもらったコートと手袋にマフラーを身に纏っている。
「それにしたって、他の人間に仕事を振ればいいのに」
基本的に凶悪なモンスターなど、Aランク冒険者でも手に余る案件が回ってくることが多いのだが、今回は珍しく街中の、それも戦闘を必要としない依頼だったからだ。
「ここが指定の場所?」
商業区域の一角にある建物。
大型の倉庫と商談スペースがあり、中は暖房が効いていてとても暖かそうだ。
ラケシスはマフラーを外しながらドアを開けると、中にいた受付嬢へと声を掛ける。
「ここにヘドロってやつはいる?」
「えっと、どちら様でしょうか?」
受付嬢が躊躇う様子を見せ聞いてくる。
「冒険者ギルドから依頼を受けてきたわ。Sランク冒険者のラケシスよ」
「あなたが、あの……?」
ラケシスの名乗りに驚きの表情を浮かべた。
「何?」
どうせろくでもない噂を思い浮かべたのだろう。ラケシスは不機嫌そうに受付嬢を睨み付けた。
「い、いえ……。すぐに会長を呼んでまいります」
ラケシスが怖かったのか、早く用件を済ませたかったのか、受付嬢は走り去るとヘドロを呼びに向かうのだった。
「いやはや、噂にお聞きする以上に美しい。姿を見た時は、まるで女神が降臨したかと思いましたぞ」
向かいのソファーでは脂ぎった中年の男が座り、ラケシスを嘗め回すように見ていた。
彼の名はヘドロ。元々、ラケシスに依頼を頼むため隣国よりとある物を運んできたのだが、呪いが発動してしまい、これまで療養のため床に伏していた。
こうして快復したので、改めてラケシスを呼び出したのだが、好色な視線に彼女は苛立ちを覚えていた。
ヘドロが握手を求めて右手を差し出す。だが、ラケシスはその手を握り返すことなく無視する。
「それで、私に起動して欲しいと言う魔導装置はどこにあるの?」
とっとと仕事を終えてアパートへ帰りたいと思い、依頼を済ませることにした。
「おお、それでしたらこちらに」
握手を躱されても特に機嫌を損ねることなく、ヘドロは立ち上がる。
続いて立ち上がったラケシスの隣に並ぶと上目遣いに彼女の顔を見ていた。
二人はしばらく歩いて部屋を移動する。
「こちらが、今回、ラケシス殿に起動していただきたい魔導装置になります」
倉庫の片隅に布を被せられてい数メートル程の物が置いてあった。
ヘドロは従業員に命じ、布を取り去る。
「古代文明の遺物【魔導アーマー】ですな」
すると、そこには五メートル以上の高さをした魔導具が存在した。
「これが……」
金属で作られた人型の魔導具。胴体部が赤く透明な材質で作られており、その中には人が入が乗るための空間が見える。
あまりにも大きな魔導具の存在に、ラケシスは圧倒された。
そんな彼女の反応を見てヘドロは満足げに笑う。
「こちらは今から五年前に遺跡から発掘された代物でして、伝手で入手した後、技師たちに修復させておりました」
気を良くしたヘドロは自慢げに魔導アーマーを手に入れた経緯をラケシスに説明した。
「それで、私にどうしろっての? 正直、壊すのは得意だけど直すのは苦手なのだけど?」
他に適任がいないと言われてきてみたが、この場で自分にできることがあるのか、ラケシスは首を傾げた。
「勿論あります。聞くところによると、ラケシスさんはこの世界で、歴代でも類を見ない魔力の持ち主だとか?」
「……まあそうね」
現存する魔力測定装置では魔力量を測ることができず、ラケシスの魔力は魔王並と噂されていた。
「先程も言いましたが、この魔導アーマー、既に修復は完了しているのです。ですが、動かせないのは肝心の魔力が枯渇しているからなのですよ」
ヘドロはラケシスを伴うと、魔導アーマーへと近付く。
「これは高純度のコアでして、こちらに魔力を注ぐことで魔道アーマーを動かすことができます」
「そこまでわかってるのだったら、わざわざこの街まで運んでこないで、適当な魔道士にやらせればいいじゃない」
ラケシスは疑問を口にする。
「ところが、魔導アーマーの動力源の魔力は注ぐ人間が同じでなければならないのです」
ヘドロの説明に耳を傾ける。
「最初は雇った魔道士に魔力を注がせたのですが、起動に必要な魔力すら用意できませんでした」
「なるほど、それで私の出番ってわけね」
「おおっ! やっていただけますか」
ヘドロの嬉しそうな声を背に聞きながら、ラケシスはコアへと近付くと杖を取り出した。
「ここに魔力を注げばいいのね?」
「ええ、よろしくお願いします」
確認をしたラケシスは、一気にコアへと魔力を注ぎ始めた。
「何……これ……きつい!」
強制的に魔力を吸われているようで、ラケシスは苦悶の表情を浮かべた。
「ど、どうですかな?」
後ろでは、ヘドロが様子を聞いてくる。
魔導アーマーの目が輝き、ラケシスの魔力を吸い尽くそうと猛威を振るった。
「ふざっけんじゃないわよっ!」
ラケシスは杖を発動した。この杖はアースが作った物で、先端にダンジョンコアが埋め込まれている。
魔力が暴走しがちだったラケシスのために作ったのだが、余剰な魔力をコアに蓄積しておくことができるのだ。
魔王並と評されるラケシスの魔力だが、このままでは吸い尽くしても収まらなそうだ。
ラケシスは杖に蓄積されている魔力を解放してやった。
「おおおお、これは……」
魔導アーマー全体が紫に輝き、しばらくすると徐々に光が薄れていく。
「はぁはぁ、これ以上は吸い込めないみたいね」
自身の魔力と、蓄積していた分をほとんど放出したせいかラケシスは息を切らせている。
「コアの魔力量が最大になりました」
ヘドロは技師の言葉を聞くと満面の笑みを浮かべる。
「素晴らしい! その華奢な身体に魔導アーマーと同等の魔力が宿っているとは。噂に違わぬとはこのこと」
「ふん、何だっていいわよ。それより報酬を寄越しなさい」
魔力が枯渇していて立っているのも辛い。ラケシスはヘドロを急かした。
「こちらにございます。どうぞ、お受け取りください」
先程の受付嬢がトレイを持ってきた。ラケシスはそこから報酬が入った袋を受け取る。
「こちらのネックレスもどうぞ」
ヘドロは厭らしい笑みを浮かべる。
「何よそれ、別にいらないわ」
「まあそうおっしゃらず。こちらは持つ者を幸運に導くネックレスです。今回の御礼にどうぞ受け取ってください」
ヘドロはそう言うと、受付嬢に命令し、ネックレスをラケシスの首に掛けさせた。
「それでは、お疲れのようですので、部屋を用意してあります。よろしければ食事でも」
気のせいか、ヘドロの視線に色が宿っているようにラケシスには見えた。
「この後予定があるから、結構よ」
「えっ?」
嫌な予感がしたラケシスは、そう答えると倉庫から出て行く。
「ちっ……」
後にはだだ広い倉庫にヘドロと魔導アーマーが残されるのだった。
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