第2話 アパートの管理人
「お願いします。住み込みで働ける場所どこかありませんか?」
切実な声がフロアに響き渡る。
声をあげたのはくすんだ金髪を後頭部で紐で縛った少年だった。
「とは言われましてもですね、アース……さん? 何のスキルも無いし冒険者でもないんですよね?」
受付嬢は顔を歪ませると目の前のアースをどう扱ってよいか考えた。
「確かに俺は何のスキルもありません。でも雇ってもらえるなら何でもやりますから」
胸に手を当てて主張する。
「そうは言われても困るんですよ。冒険者でもないあなたに仕事を斡旋しては規約違反になります」
それをしたら自分が罰せられる、受付嬢はどうにか帰ってもらえないかと頭を悩ませるのだが……。
「いいじゃないか、やらせてやんな」
騒ぎを聞きつけたのか、奥の扉から1人の老婆が現れた。
濃緑のローブに首に着けているアミュレットは高級品でそこそこの魔法が付与してある。
アースは目を細めると老婆を警戒した。
「ですがギルドマスター。それだと他の冒険者に示しがつきません」
あくまで規則どうりにすべきと主張する受付嬢に。
「あんた。アースとかいったね?」
「は、はいっ!」
「私はこの冒険者ギルドのマスターをしているリンダだよ」
「……ギルドマスター」
アースは大きく目を開くとリンダを見た。
「さっき言った何でもするという言葉に偽りはないかい?」
鋭い眼光がアースを射抜く。アースはゴクリと喉をならすと、
「はい。何でもやります!」
「よし、気に入った。オリヴィア。例のアパートの管理人の仕事があっただろう? それをこいつに紹介してやんな」
「確かにあれならギルドの仕事ですから臨時職員扱いでできますけど……」
何やら渋い顔をするオリヴィア。ここで仕事を貰えなければアースに未来はない。
「お願いしますオリヴィアさん!」
悩んでいたオリヴィアだったが、その一言で。
「はぁ……わかりました。それではアースさんをギルドの臨時職員として登録しアパートの管理をお願いします」
「やった!」
それからオリヴィアからアパートの部屋の鍵を受け取り説明をうけたアース。ギルドをでてアパートに向かおうとしたところで……。
「アースさん」
「ん?」
「御武運を」
何やら気の毒な者を見るようにオリヴィアに送り出されるのだった。
「ここが……俺が管理するアパートか?」
地図を片手に歩くこと数十分。ギルドからだいぶ離れた場所にそのアパートは建っていた。広い敷地の真ん中にポツンと一つだけ立っており、周囲の庭は荒れている。
通行人はここの前を通る時は大急ぎで通り抜け、敷地に入ろうとするアースを信じられない目で見ていた。
「一体なんだったんだあの視線は?」
一見するとどこにでもあるボロアパートに違いない。しいて言うなら庭のところどころに焦げ目やら深い穴やらバラバラになった鎧やらが落ちているぐらいだ。
「とにかくここが今日から俺の仕事場兼住居になるわけか」
これでもう野宿をする必要がなくなった。そればかりか真面目に働けば給料もでる。アースは自分の前途を信じると扉を開けた。
「す、すいませーん。誰かいませんか?」
中に入るとまず正面には2階に上る階段がある。階段を上って突き当たると左右に通路があり奥へと向かうと部屋がそれぞれ3つずつの部屋がある。
1階には左に食堂と台所。右は洗い場があり、階段裏にある部屋が管理人室だ。
このアパートの住人は4人と聞かされていたので、まずは挨拶をするべきだと思っていたのだが……。
「あれ? 君はどなたかな?」
アースの声を聞きつけて2階から1人の少女が姿をあらわした。
ピンクブロンドの髪に愛嬌のある顔立ち。身軽な恰好をしたその少女は2階の手すりを飛び越えると着地してアースの前に来た。
「えっと。今日からここの管理人をすることになったアースです」
「ほほーぅ」
少女の目がキラリと輝く。
「私はリーンだよ。宜しくねアースきゅん」
「アースきゅん?」
握手をしながら首を傾げるアースをリーンは舐めるように見ると。
「うーん、もう少し大人っぽい方がいいけどまあ合格かにゃー」
「は、はぁ?」
相手のプロフィールがわからないので迂闊なことを言えないアースが生返事をしていると……。
「おいっ! リーン遅せえぞ!」
玄関の外から鎧姿の青年が入ってきた。
「ごめんごめんケイ。ちょっと新しい管理人さんが来たみたいでさー」
その言葉をきいたケイはアースに気付くと……。
「おっ! やっと新しい奴が来たか。俺はケイ。Aランク冒険者で前衛を担当している」
そう手を差し出してくるので握手をする。
「宜しくお願いします。アースです」
「ちなみにリーンちゃんはトレジャーハンターだよ? 同じくAランクね」
握手をする横からリーンが聞きもしないのに名乗りをあげた。
「2人はAランク冒険者なんですね」
アースは驚きの表情を浮かべる。冒険者ギルドという組織はどこの国にでも存在している。それぞれのギルドは自分たちの裁量で冒険者をランクわけしているが、Aランク冒険者ともなれば国に100人も存在しない。
目の前の2人はその一部のエリートだというのだから驚いても無理はなかった。
「えへへへーん。見直した? いや、惚れ直したかにゃ?」
感心したのも束の間、リーンは首を下げるとアースの下から覗きこんでくる。
「いえ、最初から惚れてませんので」
「にゃにゃっ!?」
アースの真面目な返答にリーンは大げさに驚くと。
「ケイ。この子面白いかも?」
新しいおもちゃを見つけたかのような笑みを浮かべるのだが……。
「いいから仕事だっ! 他のメンバーは既にギルドに集合してるんだからな」
ケイはそう言うとリーンの腕を引っ張っていく。
「あっ!」
アースの声にケイは振り返る。
「ケイさん。何かやっておいてほしいことってないでしょうか?」
何せ自分は管理人なのだ。ここで仕事をしなければ首になってしまう。アースはそう考えると何か仕事がないかケイに問いかけた。
「とりあえずそうだなこのボロアパートを少しは見られるように綺麗にしておいてくれ」
そう言うと2人は出て行くのだった。
「ここを綺麗に……か」
アースはアパートを見渡しながら考えた。
「手すりはボロいし、食堂はホコリまみれ。本当に人が生活できる場所なのか疑いたくなるな」
リーンとケイがおおざっぱだからなのか、床にはゴミやら何やらが散らばっているし中々の汚屋敷っぷりだ。
普通の屋敷に努めているメイドや執事がこの様をみたら恐らく秒で辞表を提出するだろう。そんな荒れ果てたともいえるアパートをみたアースの答えは……。
「さて、直せる部分は直して掃除できる場所は綺麗にしていきますかね」
腕まくりをすると自分の仕事へと向き合うのだった。
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