空が見えない場所

@ZKarma

第1話

――灼熱の冬だった。


「ストライーク!」


季節は12月。

時刻は推定時間を大幅に過ぎて夜6時を回った頃か。

地響きのように低く唸る巨大な空調設備群で、気温は18℃に調節されている。


――軌道の変化を読み切れねぇな。コースを誘導するしかないか…


状況は極めて劣勢。

もはやここを落とせば敗北は確実。

俺の肩に、これまでの全てがかかっている。


アクシデントで消滅した俺たちの夏は、雪の降る季節に、この鋼の天蓋の下で蘇った


理想的な環境。

快適なステージ。

鋼の天蓋に囲われた、俺たちの晴れ舞台。


だけど、バットを握る俺の腕には

半袖のユニフォームの下には

校章が刻まれたヘルメットの内側には

滴るほどの汗が滲んでいる。


空の見えない野球日和大快晴

真冬の空気の乾いた陽炎。

肌寒い熱気に揺らぐ、18.44m先の影。


ピッチャーの腕を睨みつける。

すまし顔の優男を、身を乗り出した外角狙いの打球フォームで挑発する。


冬になっても、俺たちの夏は終わらない。

今年の8月の空疎な熱は、今ここで、

塞がれた鋼の青空に渦を巻き、

今こうして、燃え盛っている。


「ストライーーク!!」


――今の、僅かに掠った。これで把握した。次は、飛ばす。


果たせなかった約束に降りた霜は溶けていく。

ボールが返るまでの間に、ぐるりと客席を見渡した。


満席のスタジアム。空の見えない炎天下で、誰もが汗を流しながら叫んでいる。

とめどない歓声と野次と応援歌に、口元が弧を描く。


灼熱の冬だった。


凍えるように冷たい緊張と、煮え滾るような情熱をバットに乗せて、構える。


そして飛来した剛球は、鋭い音を立てて跳ね返って弧を描き

何処にも席の空など見えない、満員の客席へと、突き刺さった。









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