俺がリレーを走るはずがない①
「トージ‼」
テントの方へ歩き出そうとした矢先、北条が俺を止めた。
向き直ると、真剣な眼差しで俺を見つめているのが目に映る。
「お願いがあるんだけど」
お願い、か。
この状況で言われたらきっと一つしかない。一体どんなお願いなんだ?と訝しむことすらできない。
「聞くだけ聞く」
「ちょっと来て」
「お、おい……」
俺が形だけの肯定を見せると、彼女はぱしっと俺の手を引っ掴み、そのまま人の波をかき分けてずんずんと進んでゆく。
やがて、校庭の隅の人気のいないところに到着した。
陽はすでに傾き始め、辺りは紅に染め上げられている。
北条は、軽く呼吸を整えてから真剣な面持ちでこちらを振り向いた。
「リレー、怜の代わりに出てほしいの」
「……でしょうね」
予想できたその言葉を聞いて、思わずため息が出る。
「お願い!こんなこと頼めるの、トージしかいないの!」
北条は拝むように両手を合わせ、懸命に頼み込む。
当たり前だが、気は全く進まない。俺は大して足が速い方ではないし、クラスで一定の地位も確立していない。
ここで目立つことに対して、俺にメリットはどこにもない。むしろ、何らかのネガティブな結果が伴うのは、火を見るよりも明らかだ。
「お前には都合がいいのかもしれんが、俺にとっては何の利点もない」
「都合がいいなんてそんな……」
俺が思った通りのことを言うと、北条は俯きがちに、消え入るような声で呟いた。
「隠す必要はない」
結局のところ彼女の裏に通っている論理はわからない。
けれど、何らかの理由で俺をうまく使いたいことはわかる。
部活を作りたい、他人のことが知りたい、体育祭を手伝いたい。
……そんなこと、たまたまなんていう理由でこの現実に起こるようなことじゃない。何かしらの理由があるに違いないのだ。
なぜなら、ここは現実だから。
彼女のどこまでも打算的な行動が、俺をここまで導いているのがわかってしまう。
だからこそ、北条の願いは聞き入れることができる。
こいつが、仮に俺の思うような計算高い人間なら、恐らく俺を説得できると考える何かしらの手段を講ずることができるはずだ。
そしてそれ故に、こいつは俺に通常なら決して受けないような願いを俺にぶつけている。
そこには、俺があってほしいと願ってしまうような、あいまいで不可解な感情は介在の余地がない。
ならばいいだろう。
今日は体育祭だ。せっかくの祭りなのだから、自分を嫌わない程度の逸脱……例えば、自分に害が及ばない程度に他人を助けるくらいのことはしてもいい。
……まぁ、北条の願いを無条件で受けるのも少し腹立たしいから、少しくらいは条件を付けておこう。
「体育祭終わった後に小さな願いを叶えてくれたら、走る」
「……えっちなのはダメだかんね」
彼女は冗談めかして襟元をさっと隠す。するかバカ。
「……走るのは大して早くない。多分、足を引っ張る。それでも、俺に不利益がないようにできるんだな」
「安心してよ。あたし、誰よりも早いから。トージの遅れるぶんまで走っとくよ」
そう言うと、北条はあざとく笑った。
「……なんだそりゃ」
いかん。こいつもしかしたらなんも手立てないのか?不安になって来たぞ。
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