俺に体育祭運営は荷が重い④
「さて、ついに体育祭も大詰め‼残るは男子騎馬戦決勝と選抜リレーのみとなりました‼」
スピーカーから熱のこもった声が聞こえてくる。言われている通り、残す競技は男子騎馬戦の決勝とリレーのみだ。
今、運動部各位がこれまでの競技中に薄れてしまった白線を大急ぎで引き直している。
実況にこうも熱が入っているのは、男子の騎馬戦決勝に勝ち進んだのが紅組と黒組だからだ。
ちなみに、教員リレーでは紅組が勝った。
鳥居先生は本当に早かった。歓声に包まれながらこっちを向いて満面の笑みでピースしたときには危うく惚れそうになった。
それはそれとして、メイド服姿で疾走する姿はきっちりと生徒会広報が手にしていたカメラに収められているはずなので、後で死にたくならないことを願うのみである。
……一枚くらい貰えないかな。
「いよいよ男子騎馬戦の決勝がスタートします‼手元の集計と、残りの点数を見ますと紅組はこの二種目で優勝すれば総合優勝、対して白組はどちらかで優勝すれば総合優勝となる模様です‼」
ほほー、確かにそれはアツい状況だな。
先ほどの教員リレーも点数に含まれるはずなので、向こうで灰になって項垂れている鳥居先生も獅子奮迅の大活躍ということになる。
立て、立つんだジョー。あんた勝っただろうが。
「っしゃ、お前ら盛り上がってんのかッ‼」
入場ゲートのすぐ手前には、集結した黒組、紅組の両陣営が既に集結していてそれぞれの団長が吶喊している。
とりわけ松本の声が良く聞こえてくる。俺が今紅組の近くに立っているからだけど。
グラウンドの方を見ると、ライン引きの統率をしてくれていた藤見が手を振って合図してくれている。
時間もなんだかんだで十分近く押してしまっているし、そろそろ頃合いだ。
双方の煽りがひと段落したところで、トランシーバーを持ってゆっくりと告げた。
「入場誘導、お願いします」
機械越しにざざっと雑音が混じりつつ「了解です」と声がした直後、どこどこと太鼓の音が鳴り響く。
入場ゲートから雄叫びをあげながら、先頭で走る団長と、それに追随する旗手が、それぞれ紅組と黒組を伴って陣地へと向かって行った。
その時を待って一気に放出された会場の熱は、沸点をゆうに追い越して一気に爆発する。
観客は敵も味方も一緒くたになって歓声を上げ、これから始まる戦いを心待ちにしていた。
俺がいるのはゲートの前だ。審判には二種類ある。
一つは戦っている騎馬が「負け」となる条件を満たしているかどうかを見極める文字通りの「審判」、もう一つは観客席に騎馬が近寄った際に、接触を避けるために騎馬を押し戻す「ライン」と呼ばれる審判の補助だ。
俺はもちろん後者である。ゲート周辺で「ライン」の役割を担っている。
前者は上に乗っている人が落下しそうになったら受け止めたり、「負け」判定となった後に、相手を道連れにしてはいなかったか考えるなどいろいろと難しいし、動体視力やら筋力を要する。
つまり中途半端な俺がでしゃばるより運動部各位に一任した方が安全だ。断じて面倒くさいわけではない。いやほんとに。
互いに騎馬を組み終わり、それぞれ十五の騎馬が向かい立っている。各学年から選りすぐった運動部軍団なんだろう。見るからに筋骨隆々といった生徒が立ち並んでいる。
こうやって双方を一緒に眺めることができる位置にいると、流石に壮観だ。関ヶ原の戦いなんかどんな具合なのか……とワクワクしてしまう。男はみんなデカいものとかたくさんあるものが好き。
そんなことを思いながら自分の立っている向かい側を見ると、生徒会長がピストルを高くつき上げていた。準備完了らしい。
銃声が、澄んだ青空に響き渡った。
それ同時に、紅組が密集して、松本を最奥部に配置した三角形になった。
おぉ、あれは……何の陣だ?
一方の黒組は、向こうの団長を中心に据えて広く構えている。
あれは鶴翼の陣だな?小学校の時、暇すぎて三国志演技飽きるほど読んだから知ってるぞ。
今回、騎馬戦は大将騎馬、要するに団長の騎馬が「負け」となった時点で終了する「大将戦」になっている。
五分以内に終わらなければ残騎の多い方が勝ちになるが、今のところ全て制限時間内に終了している。というか、五分も騎馬って保てんのかね。俺にはムリダナ。
こうやって少し離れた立場から見ると、案外騎馬戦にも真面目な策略があるらしい。俺がもう少し逆張りじゃなければ、もしかしたら楽しんでいたのかもしれない。
開始してから一分、じりじりと互いに少しづつ距離を詰めつつ、大きな動きはない。
少しずつ互いに旋回するように動いているため、今俺の近くには黒組の団長が乗る騎馬がある。グラウンドの中は周囲の盛り上がりに反して、奇妙なくらいに張りつめた空気が漂っていた。
一分半が経ったころ、松本が周囲に何か目配せして、左右から二騎ずつが本隊から分離し、ゆっくりと前進させた。
上に乗っているうち一人には見覚えがある。多分リレーを走る奴だったと思うので、リョウスケくんだな。北条たちといるのを見た。
けれどこれはあまり上策とは言えない気がする。団体の戦いにおいて、基本は各個撃破だ。戦車道が教えてくれた。戦車道には人生の大切のことが詰まってるんだよ。
「うおお‼」
ひときわ大きい歓声が、客席から上がった。紅組の本体から分離した騎馬それぞれに対して、黒組の一騎があたって、取っ組み合いを始めている。
戦っていない騎馬は、「行け!」「倒せ!」「差せ!」と口々に味方の騎馬を鼓舞していた。
……「差せ」は同じ馬でも競馬だろ。どうなってるんだってばよ。
紅組の分離した騎馬に対して単騎では倒せないことにじれったさを覚えたのか、黒組はさらに一騎ずつ、つまり片翼二騎で突撃してきた紅組の騎馬に対して三騎で応戦を開始した。
「今だッ‼」
その瞬間、交錯する数多の音の中から、松本の号令が聞こえた。
すかさず固まっていた紅組の軍勢が、黒組の大将騎馬めがけて突撃を開始する。
黒組の団長は「戻ってこい‼」と声をあげるが、無情にも既に夢中になって取っ組み合いをしている騎馬に、その声は届かない。
恐らくあれだけ至近距離で組み合っていると、紅組の本隊が動いていることにすら気が付かないだろう。
「おお……」
思わず見入ってしまう。見たところ突撃させた二騎は、スタミナに自信があると見える。数的不利でもそう簡単には倒されないように、相手をいなしたり自ら攻撃して見せたりとうまい具合に持久戦に持ち込んでいた。
その間に紅組の本隊は必然的に数的有利になった。限られた時間の中で、かつ次の試合が存在しないこの状況下では、確かにこの方法が一番理にかなっている。
体育祭は部活ではないがゆえに軽視されがちな印象があったが、こうも戦略的に戦っていたのか……。素直に感心せざるを得ない。
なだれ込んできた敵になす術もなく、黒組の陣形は総崩れとなった。複数の戦いが同時に発生して、敵味方入り乱れる乱戦だ。
ここで思い出していただきたいのは、黒組団長の騎馬が俺の近くにいる時に、紅組が動き出したと言ことだ。
つまり何が言いたいかというと、乱戦は目の前で起こっているわけで、俺はラインの仕事をする羽目になってしまった。おいふざけんな。
引かれた黒線からはみ出しかけている騎馬を周囲のお手伝い運動部と共に押し返す。後ろでは女子生徒は黄色い声で声援を、男子生徒は野太い声で野次を飛ばしている。間近に戦闘が行われていることにすっかり興奮している様子だ。
敵味方どころか自分の位置すらわからなくなり、騎馬と騎馬の間で揉みくちゃされながらどうして俺がこんな目に……と恨み言を垂れているうちに、ぱん、ぱん、と小気味良くピストルの音が二回なった。
「負け」の判定をしていた審判たちが、「終わり終わり!」と戦っている騎馬に告げる。
ようやく抜け出すことに成功した俺は、はてさて結果はと思い、周囲を見回して黒組の団長騎馬がいたあたりを探す。すると、松本が騎馬の上で雄叫びをあげていた。どうやら勝ったらしい。
周囲には落胆した様子の紅組の面々がため息をついている。
「うううう……」
と、背後から痛みに悶えているような唸り声が聞こえて来た。
なんだなんだ?見れば、先ほどの見覚えのあるやつが、足首を抑えながらうずくまって倒れている。さっきのどさくさで落下か何かして、痛めたのかもしれない。
「亮輔、どしたん」
それを見つけた松本が、こちらに駆け寄ってきた。やっぱり二人三脚を変わってくれたらしい彼か。
「悪い、怜。足挫いたっぽいわ……」
「お前、それ……」
「そうな、すまん」
怪我をした彼は、苦々しい顔で笑っている。流れから察するに(ついでに俺の記憶が正しければ)多分リレーが走れなくなった、というような話だろう。
「亮輔‼」
次いで騒ぎを聞きつけたのか、北条もやってきた。
「おう夏海か。この通りだ」
「ど、どうしよう……」
北条は不安げに呟く。
俺にできることは、もはや何もない。
リレーは審判も何もないし、俺に今日残されているタスクは「リレーを見る」くらいだ。それに、まったくクラスのほうに参加していない俺がここで何か言うのも、恐らくお門違いというもの。
あとはゆっくりテントで休みつつ、成り行きを見守ることとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます