体育祭が中止になるわけがない①

 俺らが生徒会の手伝いを始めてからおよそ一週間が経った。今日は月曜日だ。

 つまり今週末には体育祭がある。放課後、俺は教室を出たその足で生徒会室に向かった。

 グラウンドからは応援団の練習だろうか、大きな掛け声と共に太鼓やホイッスルの音が鳴っている。

 三々七拍子の小気味良いリズムに合わせ、なんとなくポケットの中で腿をぱちぱちと叩いたりして、のんびりと歩く。


 なお視聴覚準備室は、当たり前だが鍵がかけられている。むしろ先日開いてたのは、明らかな手違いだ。

 未だ騎馬戦の良い案はなく、これもう詰みなのでは?という気持ちがないわけでもないのだが、会長曰く一応水曜くらいまでは待つつもりだとか。


「こんちは」


「おお、今日も来てくれたか。助かるよ」


 適当に挨拶して、ひっきりなしに人がやってくるので常に開いたままになっている、生徒会室の扉をくぐる。

 部屋の奥で書類に目を通していた乃木会長は顔をあげると朗らかに笑いかけてくれた。

 手伝いを頼まれてからというものの他にやることがないので、俺はなんとなく毎日生徒会室に顔を出している。


 北条はクラス対抗の応援合戦なるものの主役的なものに抜擢されたらしく、日々東奔西走しているようようだ。遅れる日もあれば来られない日もあった。

生徒会の方を休む時があるたびに詫びを入れてくれていたが、一緒にいない方が変に勘繰られないし、松……なんだっけ、松田?との確執も起こらないから願ったり叶ったりだ。

 ちなみに当の彼も、応援団に入って北条とよろしくやっているらしい。しばらくは俺の方にもしわ寄せは来なさそうだ。安心。

 伝聞形なのは、全部クラス内の雑談を聞いて得た情報だからだ。

 違う。俺はキモくない。だってあいつら声でかいんだもん……。


「じゃあ今日はこれを頼む。暫定予算の監査だ」


「はぁ」


 会長はほれ、となかなかの厚みがあるファイルを俺に手渡してきた。くそう、今日もやってやりますよ……。


 俺は体育祭の運営について、なうでやんぐなぱりぴ達がらったったらったったったふぅふぅいぇいとか言いながら、ノリと勢いで適当に決めたタイムテーブルを教師がほとんど手伝いながら進行していき、閉会式でいつぞやの議員がごとくマジ泣きをかましつつ、大した仕事もしていないのに肩を組んで感動のお言葉を述べるのだ、と漠然と思っていたのだが、こうやって実際に仕事をしていると案外そうではないことが分かる。


 この学校だけの特色かもしれないけれど、学校側が相当に放任主義なのだ。

 そのため生徒に大抵のことを任せており、こうした行事の準備も必然的にタスクが増える。

 ゆえに、思っていたよりもずっと運営は大変だった。これをほかの行事でもやるのかと考えると、お疲れ様です以外の感情がわいてこない。ほんと、お疲れ様です……。

 ファイルを受け取った俺は、ここ数日ですっかり指定席となってしまった壁沿いの隅の席に、とぼとぼ向かっていく。


 ……それはそうと、ここ数日で自覚を得たが俺はそれなりに社畜の才能がある。同じ工程の作業をひたすら続けるのが若干楽しい。

 上司に頭をへこへこすることさえ覚えれば多分完璧だと思う。早くネパールの山奥に籠らないと、そのうち過労死してしまうぜ。


 そんな益体もないことを考えながら俺は席について、ファイルから試算書と提出予定の暫定予算申請書を取り出して机に並べ、計算機に数字をかたかた打ち込み始めた。

 計算機で数字が同じなことを確認しておけば何とかなる、生徒会手伝いって楽な商売。


「あの、木下くん」


 あっ♡だめっ♡おしごとしゅごいのおおお……♡♡♡♡♡♡と冗談交じりに数字を打ちこんでいると、声をかけられた。

 その声の主は、ずいぶん聞き分けが付くようになった。


「あぁ、欅田か。じゃあこれ頼むわ」


 適当に数枚の紙束を渡すと、欅田も隣の席にすとんと座って、同じようにぽちぽちと数字を打ち始めた。


 この数日、俺が会長にタスクを言い渡され、それを少し後からやってくる欅田と分担することがほとんどだった。

 いやぁいつもすみませんね、こんなキモいこと考えてるやつの隣で仕事させちゃって……。


 しばらく、無機質な音と事務的な会話だけが部屋の中を支配していた。

 周囲が静かになると、なぜか人間は冷静になること請け合いである。あれ……?なんで俺いまこの仕事してるんだっけ……?

 普通に考えて、明らかに俺はこの仕事をやる必要がない。これは「見聞部」たらいう謎部活をできるようにするためのものだからだ。うーん無思考で仕事やっちゃうあたり、やっぱり社畜の才能があるんだろうか。そんな才能欲しくない。

 理由をこじつけるならダニングクルーガー効果が云々ということもできようが、あえて一つだけ挙げるとすれば乗り掛かった舟だから、というのが一番しっくりくる。

 途中でバックれてしまうのもなんだか後味が悪い。北条の計画には加担しないにしろ、これくらいは最後までやってしまってもよかろう。


「っと、あぶな」


 頭がそっちの方へシフトしてしまったせいか、誤った数値をそのまま通してしまいそうになった。

 いかんいかん、とりあえずはこっちに集中だな。

 ぴっぴっと間違えている箇所に線を引いて、正しい数値を赤で書いておく。もうあと二枚ほどで終わりだ。


「あの、貰ったぶん全部終わりました」


 とんとん、と紙を整えながら欅田が言う。早いな。


「あぁ、助かったわ。こっちももう少しで終わるから大丈夫だ。とりあえずファイルに入れといてもらえると嬉しい」


 欅田はこくりと頷くと、すっとファイルをとってその中にページ順に書類を入れ始めた。

 さてと、こっちも早いうちに終わらせるか。

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