約束

@Saki013094

長い長い約束を。

いつかの約束を果たせる日が来るといつもいつでも願っている。


キンコンカンコンと授業の終わりを知らせる鐘が校内中に響き渡り張り詰めた空気が霧散する。


挨拶を適当にしたらとりあえず購買へ急ぐ。


今日も無事に手に入れた惣菜パンとレモンティーを手に教室の中で一番日の差し込む一等地に陣取り、たわいも無いことを話す友人たちの言葉を聞き流していた。

その時、教室の一番目立たない影のような場所で食事をするあいつが目の先に映る。

名はなんと言ったか確か蛍だとか薫だとかそんな名前だ。


一度も会話したことないどころか目を合わせたことないやつだが普通にしておけば容姿は目の引く人間なのだからもっと前向きゃいいのになぜあんなに影の人間なのか意味わからないと胡乱な目で見ていたら、嬉々とした顔を隠さずに彼女とのデートの話を話す友人に気のない相槌を打っていたのがバレたらしく聞いてんのか〜?と咎め得られる。


昼休みが俺の学校に来る理由だというのに何故一瞬で過ぎ去るのかと毎日自然と思う疑問を抱きながら机に座っていたのを面倒な教師に見られる前に椅子に座る。


食欲も満たされたのでいつも通り教科書で己の顔を隠して惰眠を貪る。

夜のために生きているようなものだし授業なんて聞かなくとも友人らに見せて貰えば済む話だが睡魔に誘われる瞬間にあの薄緑色の髪が黒板を真っ直ぐ見つめる姿を捉えた気がした。


そうして授業も全て終わり空が茜色に染まり始め放課後どこで遊ぼうか思案を始めている友人たちを尻目に学校を抜け出す。


放課後何処にも遊びに行かない俺につれないと宣う友人たちがいるがそんな一過性の友情よりやりたいことがあるからそんなことに気にも留めるわけもない。


サクサク周りの移り変わる景色を見ることもなく自転車を漕ぎ帰路へ着いたら誰もいない家へと帰る。

親はいるにはいるが仲はいいわけでもないし同じ家に住んでる人間という程度の認識である。



家へ帰ったら課題をやらずに放課後自分に興味すら持たず偽善的な言葉を投げかけてくる教師に囲まれるが面倒というだけの理由で課題を進め、冷たく人の心をあまり感じない夕飯をあっためている間にサラッと熱いシャワーを浴びる。


夏が終わり秋が始まるかというところなので風邪引くとかは特に考えないままシャワールームから退出し温め過ぎた夕飯を手にして自室へ籠る。



そうしてルーティンを終わらせた後はカーテンが閉まりきって朝も夜もわからないような部屋の中、唯一煌目が痛むような光を放つPCに向かいいつものゲームを開き、相棒を待つことにした。


「相棒」なんて高校2年にもなった男が使う用語ではないしクサすぎることは重々承知だがまぁあいつの為なら仕方ない。


同性であることはわかってるし、あった事も無い人間だが情ってものは厄介だ。


そう考えながら何百回も聞いてる耳馴染みのいいBGMを聴きながらデイリー周回してたら二人しかいないクランにログイン通知が鳴る。

時間は決まって19:00律儀なあいつらしいいつも通りの時間に安心感を抱きながらチャットを開いていつも通りチャットで話しながら、アバターをコントロールしながら慣れた作業で共にゲームの世界に潜り始めた。


気が向いたから何故、ネットの人間を相棒なんて呼んでるかサラッと経緯を話してやろうと思う。

まず、相棒の名前は「MOON」なんとも簡単なだと呆れたがこれが好きと言われてしまえば仕方が無い。

普段は略して「ムン」と呼ぶことにしている。



なんのゲームをしているかといえばネット時代の今では大分ありきたりのオンラインRPGとかいうやつだ。


アバターを作成して操作してゲーム内通貨や武器を作成し難易度の高い敵を操作と連携で倒しにいくのだがこのゲームにはゲーマー同士が対決して武器等をお互いかけて戦うことや、それに別のゲーマーが乱入することができる他より多少物騒な仕様になってる故初心者は格好の的になって初期武器などが騙し取られる形が常習している。


海外に本社を置くサーバーなのであまりそういうところが整備されてないところがゲーマーにはとても受けている…らしい。


今の説明調はムンの受け売りだからなんとも言えないのだがなぜ俺がそんなインキャがこぞってやるようなゲームを毎日やっているかに言うとある日、適当に暇でネットの海を泳いでいたときにストレス発散に最適なゲームがあるという板を発見して憂さ晴らしをしてやろうと試みた。


ゲームなんて簡単にできるものしか触れてこなかったから普通に舐め腐って上級者に初手で突っかかったものの見事に負け崖から突き落とされそうになっていたところをムンに助けてもらったのだ。


その上なんとも情けないことにその上級者に奪われた武器とかも奪い返してもらってご丁寧にもチャットにて初心者狩りのことや注意することとかテンプレみたいな文章が送られそのまま立ち去ろうとするムンを無理やり引き留めた。



なんでも適当に及第点でこなしてきたから負けるなんてあり得なくて、それでいて誰かに助けてもらうなんて侮辱もいいところだと憤慨した。

ただそれ以上にまるでそのまま動いているかのように生き物のように動くキャラクターから目が離せなかった。

課金で強い武器も衣装もなんでも手に入れられるがその動きだけは金では買えないものだと確信した。



だからこそ追い越して隣に立ちたくなったが素直なんていう言葉は俺の辞書にあるわけもなかったから「勝ち逃げなんて卑怯な真似するんじゃねぇ。同じ土俵に立ってボコボコにするから来週19:00に同じ条件にして勝負させろ。」と自分勝手に持ちかけて返事を聞く前にログアウトした。

なんとも青臭いと赤面必須だが俺の心情はとりあえず横に置いておいてその時はまぁ近年稀に見るほど必死だったと思う。

ちなみに、ムンはカツアゲやヤンキーに絡まれた時の心境を味わったと苦笑していた。

あながち間違ってないからなんとも言えないが。



RPGなんて真面目に触れたこともなかったしやるにしても課金してとりあえず派遣キャラや武器を手にして楽すぎつまらないとなんの感慨もなくアンストすることが多く、キャラクターコントロールなんて知るはずもなかったから攻略サイトと初めてチュートリアルとかいうものに手を出した。

それが一番近いと判断した故だが学校もサボりつつ、時間をゲームに注ぎ込んだのだがやればやる程手先のみでは出来ないものだと思い知らされる。



時間も勿論そうだが長い時間やるだけで上手くなるかといえばそれも違う。

その時間だけ集中力を保ち同じクオリティを維持したまま更に上のステップを踏まねばならない。


とりあえずメインストーリーは全てクリアして決まった時間でくる強キャラを倒したり初心者だと別のゲーマーから持ちかけられた勝負には全部乗った。

元々勝負は売るしなんでも買うタチだったが表立ってリアルで喧嘩するとまた面倒な人間に時間を取られるのが再三鬱陶しかったから勝負が当たり前の世界はとても合うと心底感じていた。



そんなこんなで一週間でプレイ時間が三桁にのぼるかもしれない時間を費やして勝負の時がやってきて俺は一時間前からいつ来るかいつくるか動作を確認していたが、18:50になってもあいつは現れず逃げたか?と思ってチャットを送ろうとして名前も知らないことに気がついた。


履歴から送ろうにもフレンドになっていればそこから飛べるがそれ以外は48時間が経つと表示はされなくなる形式だったらしく待つことしかできない現象に言い表せないほどのイラつきを感じた。


そうして1分が10倍にも感じる時間を過ごして19:00になった途端あいつが現れ口角が上がるのを肌で感じながら事前に決めていた武器や装備を伝え変えさせたあと時間制限5分のキャラクターがダウンしたら勝ちの勝負を始めた。


俺が息を浅くしながら詳細をチャットで打つ間最低限の相槌しか打たなかったからこっちが空回りしてるようで尺に触ったからすぐに攻撃を仕掛けた。


当たり前のようにさらりと躱す隙に攻撃を俺に当ててくるから確実にゲーマーとしての差をひしひしと感じていたがそれは流石に付け焼き刃であることを自覚していたので攻撃されたらその時に俺も攻撃を入れるようなイタチごっこの様な形で勝負は進んでいった。



勝負が進むにつれて野次馬も増えていったが他のゲーマーの乱入を防ぐような仕様にしていたため何も気にしていなかった。

だが、イタチごっこでは俺の方が先に体力がなくなるのは明白であったため勝負を決めようと攻略で見て一週間ずっと練習した三連コンボを決めようとした時それは訪れた。


時間で現れる強キャラと随分前に言った気がするがそれの出現は時間は決まっているが完全にランダムであって当時最強と謳われていたキャラクターが運の悪いことに目の前に現れたのである。


二人ともの公平を期すために初心者とほぼ同等の武器、装備であったため敵うはずもなかったが真正面にいたために一旦戦いを中断して一人で勝てるはずもないので二人で連携して戦う必要が出てきたのである。


周りのゲーマーは俺らが無様にやられた後に報酬だけを上手く入手しようと目論んでいた知らないが協力してくれる奴はいなかった。


リアルでもゲームでも所詮人間は人間で卑怯だと痛感しながら、連携のチャットも何も打てないままどちらかが敵の攻撃の気を引いてその隙に攻撃をたたみかけピンチになると敵の攻撃の気をもう片方が引きつけ回復をするような連携をしてみせた。


今思うと正直散々なものだったが物凄く息のあったコンビネーションを組めることに感動した。


しかしまぁ装備の軟弱さや回復も制限をかけていたためそれも一切尽きてしまって二人揃って仲良くキャラクターがダウンし始まりの地へリスポーンすることになった。

今でもあの時の報酬があの野次馬たちにとられたかと思うと気分が悪くなる。


それからもうムンに対する戦意も喪失してこれから勝負を仕切り直すか問いかけようとしたときに興奮が伝わってくるような口調で「普段はソロでしかやってないからフレンドになって何度でも勝負をしないか。」と持ちかけられた。


それは俺も思っていたが喧嘩をふっかけた側だしプライドが邪魔をしてたから瞬時に首肯したチャットを送りたかったがねじ曲がった精神は曲げられず「しょうがないから付き合ってやる。」としか言えなかった。


それから二人で武器を入手するためにフレンドだけでは効率が悪いと二人だけのクランを作成したりしてトントン拍子で仲を深め今では毎日19:00に会ってどちらかが寝るまでずっとゲームするのが定番になっていった。


クランも30人まで加入することが可能だからメンバーを増やしたりしてみたのだがそうすると時間や行動が縛られてうまく動けなかったり装備が盗まれたり人間関係で問題が発生したりしたのでこの形に落ち着いた。


相棒と言い始めたのはつい最近のことで前クランに入っていた人間に偶然接することのあった時に「背中を預けあう戦友というか相棒みたいだよね」と言われた話をムンにしたらこれ以上ない程喜びをどうにかチャットで表現しようとするのであいつにはあまり言ってやらないがこの呼び方が飽きるまでは心の中ではそう呼んでやることにした。






そんな感じでたらたらと思い返しながら強キャラを討伐して一旦落ち着いてチャットに集中していたらムンから一眼レフを買ったのだという話を聞いた。


驚愕してムンにそれを買う金があるのかと無遠慮にも程がある質問をしたらこのゲームの攻略のサイトを作っていてその収益でやっと買えたのだと返ってきた。


勿論サイトを作っていたのは知っていたし収益が多少なりともあることも知っていたがそれを一眼レフに使うとは思ってもみなかった。


理由を尋ねる残しておきたい風景が沢山あるのだという。

葉っぱの揺れが日々変化していたり同じところから同じ写真を携帯で撮影しようとしても全く同じに見えなかったり。

そんな違いを撮り納めてどこかで評価してくれる人がいたら幸せだなと。


いつもチャットの返信が早いムンにしてはえらく時間がかかって気持ちが伝わるその文面にまた先を越されたと思ったし過ぎ去る景色をただの背景のように考えていた俺にとってムンのその視野の広い考え方憧れや信頼感を助長させた。


そんな友人に打ち明けてくれた気持ちを返したいと思ったが素直に言うなどあり得ないから、何にかで賞を取った暁には難易度が高いとされている装備を一式プレゼントする。

と不器用にも程がある返事をすると気持ちが伝わったのか一言ありがとうとこれ以上もなくシンプルで素直な文面を返してくれた。



それからというもの時々暇になった時にチャットにこんな写真を撮ったとあげてくれるようになった。その作品たちは1枚1枚に、ムンの繊細さが表れているようで多少でも近づけたような気がして嬉しくなった。


それからクリスマスの限定イベントで朝までやって学校サボったり、年明けなら流石にムンも居ないだろうとたかを括っていつもより遅い時間に入ったらいつもと同じ定位置で遅いって怒られたり。

それはそれはまぁ平穏な日々を過ごしてリアルで会いたいけどあいつ個人情報とかの貞操観念高過ぎて声すら聞いたことねぇもんなーとか考えながら時間はすぎた。


季節が夏の終わりから秋になり冬になって春に移りかわろうかという時期に学校で影だったあいつが写真で賞を取ったのだと張り出されてるのを発見した。

運動部の賞状の横の端に張り出されているだけで特段何か催しがあるわけでもなかったから知らなかったが写真部があるわけでもないのにこうして賞を取ると張り出されていたので、

あいつにも一芸くらいあるものだと感慨も何もなく思って通り過ぎた。



いつものように自室に戻ってゲームを開くとまだ19:00にもなってないのにムンが来ていた。

そんなことは何ヶ月かにあるかないかなので驚いてチャットを打つと一番に報告したい事があるという。

街の小さいコンクールだが写真の賞を取ったから1番に報告したいというものだった。



まさかと思った。違うとどこかで信じたかった。

あいつのことを下に見てたしそれを感じさせるような態度をとっていたのは間違いなく俺自身だったから。


思い返せば思い返すほど類似点に気がつく。

定期考査の時期や長期休みの時期がかぶっていたりなんなら住所や身バレしないような写真だったはずのそれらにもよく観察すると俺の住んでいるところに似ているものを感じた。


当たり前のように絶望した。

俺が俺であることに絶望したのだ。

俺の周りが馬鹿騒ぎしてる時に胡乱な目でこちらをみていたのを知っているし、それを気にも留めようとしなかったのは紛れもなく俺自身であったから。


そうして相棒の正体を一方的に掴んだ今これをムンに明かしたらどんな反応を返すだろうかと考えた。

俺に出来た居場所はどんな形になったとしても確実に変化すると思った。

そして今のままでは悪い方向に変化するという確信があった。



想いに耽っていると賞を取ったことに何も返信を返さず自慢みたいで不快な気持ちにさせたのかというチャットが来ていたので決してそんなことではないし自分のことのように嬉しく思っていると返して、素直なの気持ち悪いと言われながらも約束通り装備を一式プレゼントした。

絶対いつかは賞を取るだろうと確信を得ていたので事前にムンが寝た後とかに一人で周回した甲斐があったというものだ。


ただ、あまりの真実に大分心ここにあらずな返答をしていたのか体調が悪いのではと言われてその日はいつもより断然早い解散になった。


PCの光が消えて草木も寝静まった部屋でこれからを思考したが離れることなんてできやしないし正体を明かすこともできなかった。

案外俺も臆病な人間らしい。


そうして鳥が起きてうるさく冬明け特有の柔らかい日差しが入ってきた頃俺は一つの決意をした。




今はまだ正体は明かさないし普通にムンとも相棒でいる。

ただ、それではあまりに誠実ではなさ過ぎるからリアルを変えようと。

ムンに正体を明かした時幻滅されないように。

そりゃ元々のイメージもあるから当たり前のように印象は下がるだろうができる限り元の相棒兼クラスメイトに自然になれるようにしようと決意した。



それから具体的にはありきたりだが、不審がられない程度に真面目にするとか、煙草吸わないとかそういうことは実践して見るとしてあともう一つリアルのムンと寄り添うために写真をやってみることにした。

普通に楽しそうだと話を聞いて思ってはいたしただ柄じゃねぇと思ってただけだったから。


何を買えばいいかなんてわからなかったからムンが一番最初に送ってきた一眼レフの画像を手がかりに同じものを買うことにした。

本当に同じものかはわからないがそこはよしとした。


これまで何年間も決意なんてものはしたことはなかったしする気もなかったけど人生何があるかはわからないものかもしれない。

めんどくさくなったり何を決意したか忘れないために携帯何をするか書く。

出来たらその項目に斜線を引いて全部消えたら明かそうと思った。

こんな小っ恥ずかしいもの他人に見られたらたまったものではないから題名に約束と書いておく。

多分そうしたら他人もスケジュールか何かだと思うだろうし決意よかマシなはずだ。




周りの奴らが騒がしいのはもういつもだから適当な理由をつけてとりあえず屋上で昼ごはんを食べたり、日直を人に任せなかったりしてみたが案の定周りには真面目さんになっちゃってどうしたの〜?と茶化されたが日頃の行いだから内申あげたいだとか適当言って誤魔化した。



そしてそれと並行して写真も始めたがこれがなかなかに鬼門だった。

そもそもボタンがあり過ぎてどれがどれだかわからねぇし何より説明書が全てじゃなくてそこからどこにピントを合わせるかとか被写体によって何を表現したいかによって全く変わってくるのだ。



表現の自由?そんなもん掃いて捨てちまえと何度も思って挫折しかけたから仕方ないと思ってムンにコツとかおすすめの場所とかおすすめしてもらった。

なんでか聞かれたから親父にカメラもらったとか言って誤魔化したつもりだが誤魔化せたんだろうか。




おすすめされた場所をムンにリアルで鉢合わせしないようにして訪れることが日課になった。

海とか船とか大雑把なこととどっちの方面から撮ったらいいかしか教えて貰わなかったから大体の場所しかわからないし全然違うところかもしれないがそれでも同じ景色を見れて似たようでそれでも確実に移り変わってる写真を撮れてるのかなとか思うとストーカーじみた発想だなと失笑したくなるが同時に胸が熱くなるのはきっと勘違いではない。


以前はサラサラと流れていく景色それだけだった帰り道も視野を広くするといろんなことに気がついて人が変われるのは案外一瞬のたった一個の出来事でそこからの連鎖反応なのかもしれないとか詩人じみたことも考えた。

全くもってらしくもない。




ゲームの中ではチャット内で写真のはなしをすることが増えた。

写真部がないから遠征とかも難しいから近場でしか撮れないと嘆くあいつに何度一緒に行こうと言いたかったことか。

でもそれはまだ携帯のメモが斜線で埋まり切ってないから適当に返したが彼なりのアピールで心を開いてリアルで会いたいと言葉にはあいつはしてないが伝わってきたから、一層さっさと約束を全部斜線で適当に引っ張ってやろうかと思ったがそもそも誠実じゃないと始めたことだったから踏みとどまった。






それから季節は俺があいつのリアルを理解してからくるっと一周した。

夏休みには連日ゲームをし過ぎてあいつが熱中症を起こしたり、定期考査が被り過ぎちゃいけないとわざとずらして折角の半日なのにゲームせず仕方ないから勉強したり。



ついに約束のメモ書きが斜線で埋まる時が来た。自分で増やしたり出来てねぇとやり直したりしてたら時間がかかってしまったのだ。


まだリアルでは話したことないから実際俺の印象改善したかもわからないし普通に不安だらけだけど次一緒に写真を撮ろうと言われたら了承しようとここに決めていた。



そうしてまたある日いつも通りゲームの周回をしていると写真を撮りに行こうと誘われた。

あいつが一等気に入ってる橋の下を通る船の写真を撮りたいのだと。

俺ももちろん撮り行ったことのある場所だったがそんなことはどうでもいいと思いながら了承した。


俺はリアルでネットの人間と会うなんて初めてだから幻滅しないで欲しいこと。

これまで断ってたのは写真の技術もないし何より会って関係性か崩れる可能性があるかもしれないと思っていたけど決心がついたと話した。

あいつは真摯に聞いてくれてお礼と楽しみにしてることと場所を提示してくれた。

その日はもう朝日が照らす直前くらいの時間だったからそこから言葉少なに解散した。



リアルで会う約束をしたのは今週末の日曜日。服装や髪型色々忙しくなるなとワクワクした。

一回会うと言ってしまえば心は風船で浮くんじゃないかと思うほど軽かった。



ついにきた当日。

一時間前についた俺は周りのうざったらしい声も聞こえないかのように何も気分を害すことは何もないかのように待っていた。

髪型や服装、本題の一眼レフに何か忘れ物はないかとかチェックも入念に。


全てのチェックが終わって待ち合わせ10分前。

あいつはいつも時間ぴったりにくるから、当然リアルでもそうなんだろうと思った。

煌々と光る太陽が心地よかった。



待ち合わせ時間ぴったり。

現れない。

まぁ電車であいつがくるなら混んでるのかもしれないと思った。

案外おっちょこちょいなところもあるし。

とりあえずチャットに連絡を入れておこう。

天気がいいからか暑くなってきて上着を脱いだ。

上着を着ないとなんだか格好がつかないので後で着る予定だ。



待ち合わせから一時間。現れない。

普段からは考えられなかった。

チャットの返信も何もない。

電車に何かあったのかと思ったが特に問題はないようだ。

今日のための服オシャレ重視で寒くなってきたけどきっとくるはずだ。

少し陽の光が翳ってきた。昨日天気が程よくて写真日和だと話した。



待ち合わせから3時間。

雨が俺を嘲笑うかのように降ってきた。

時刻が夕方に近づいてきたので人が少しまばらになってきたように感じる。

濡れないところに移動しようと思ったが今にもひょこっと現れるかもしれないと思うと動けなかった。



待ち合わせから5時間。

夜の帳も完全に落ちて乾かない服や体の寒さが骨身に沁みる。

やっと理解した。

きっとどこかであいつも俺のリアルを知ったんだろう。

それで何度も会いたいと言ってきたのだ。

全ては嘲笑って何もかも無駄だったというために。

俺はたまらず叫んだ。


「どこにいるどこで俺を撮影し嘲笑う材料を増やしているのか!

こんな俺が相棒だと知っていつから幻滅して計画を立てていた!さっさと出てこいムン!」


ついぞ現れなかった。

嘲笑ってさっさともう帰ったんだと思う。



夜に叫んでいるものがいると通報があったのか警察が警戒、不審な目を隠そうともしないまま俺を取り囲み職質を受ける。

なんて答えたかなんて覚えているはずもなかった。




翌日 

月曜日盛大に風邪をひいたがそんなこと今の俺にとってはどうでもよかった。

朝早くから学校に行きあいつに一言言ってやりたいという気持ちだけで動いていた。

もしかしたらクラスメイトであるあいつはムンではなく全く関係ない他人の空似であり色々な偶然が重なっただけかもしれない。と俺のどこか冷静な部分がそう言っていたがそんなことは甚だどうでもいい。


あいつすら学校にすら来なかった。そんなに俺に会いたくなかったか。

何もかもにイラつきしか感じなかった。



うざったるいチャイムの音が鳴り響き担任が入室してくるそれすら癪に触ったがそれ以上に担任があいつが入院をしてもう学校には来れないだろうと告げた。

世界が真っ白になるとはこういうことかと実感した。

他の人間は僅かにざわめいたが発言すらまともに話したことのない奴がほとんどだったのでアクションといえばその程度だった。

当然俺はそんな風になれずに教壇に所在なさげに立つ教師に掴みかかった。

急な俺の激情に悲鳴と困惑が広がった。


そりゃそうだろう。何も接点もない光と影のような存在であって話しているところもない人間の入院に対してどういうことだどこにいると目が血走った顔で問いただす様は誰からみても異様であった。



それから別の教員に羽交い締めにされどんな事情があるかは知らないがと3日の謹慎処分を引き換えに入院先を教えてもらった。


謹慎処分なんてそんなものどうだってよかった。

ムンが約束を守ろうとしてくれたのではないかという期待と、1度でいいから共に写真を撮りたいという些細な願いさえ消えてしまうのかと焦燥感に駆られた。


勢いのまま病室に駆け込むと死んでるかのように綺麗に寝ているあいつがいた。


すぐそばには目をこれ以上ないほど腫らした女性がいた。母親だろうか。

俺の突然で荒々しい来訪に目を見開いていたのでクラスメイトであること、教室では一切話すことはなかったがあるゲームで共に戦い相棒であったこと。


そこまで話して彼女はどこか納得のいった表情をしたので俺は不思議に思ったが彼女が言うによく相棒の話をしてくれて昨日共に写真を撮ると笑顔で話してたと告げてくれた。


間違えてなかった。

ムンはあいつで会いに来ようとしてくれていた。

あいつが俺との約束を破ろうとしていた訳では無い。

それは朗報であり希望の光であった。


ではそうなると何が起きたのだろうか。

彼女に問うと目的地へ急いでいたらしい。

その時真正面からトラックがきて巻き込まれ現在植物状態にあり目覚める確率はほぼゼロに等しいそうだ。

涙ながらに話していた彼女はいつか目覚めるかもしれないからたまには見舞いに来てくれると嬉しい。

輝もきっと喜ぶと。


俺も泣きながらに聞いてたがふと聞きなれない単語を聞いてネームプレートをみると月影輝と書いてあるのを見つけた。


あれだけあいつを意識してたのに名前をはっきりと認識したのは初めてで俺もまだまだだと失笑したが輝とはピッタリな名前だと思った。


俺を照らしてくれた輝にピッタリだ。MOONと言う名も月から来てるのだろう。


必ず来ますと彼女に告げて彼女は俺と輝の2人にしてくれた。


「自分自身の約束も、ムンとの約束も。叶えるにはまだ時間がかかるみたいだ。でも必ず待ってる。」


それだけ告げると彼は手をピクっと動かして返事をしてくれたような気がした。







それから60年の月日が流れた。

その間には色々あった。

ムンとやってたゲームは輝が目覚めた時のためにとずっと続けていたがサービス終了した。

目覚めたら誇れるように大手企業に就職し合間にほぼ毎日見舞いに行くのが習慣だった。


写真を今でも撮り続けてて今ならきっと輝より綺麗に撮れてる自信がある。


彼女の母親は亡くなった。

長い月日の中で色々な話をして元々彼女と輝の二人暮しで彼女が亡くなる時輝を頼んだ。

と言ってくれ俺は少しでも信頼されて輝と真正面から会えるような人間にやっとなれたかもしれないとその時感じた。


彼女が亡くなって数年辛うじて植物状態だった輝が脳死状態になったと診断された。


俺も何とか輝と共に居たかったが俺にも限界が来たようだ。


末期がんと申告され輝の隣のベッドに横たわって居たがもう終わりらしい。


自分の寿命くらい自分で分かる。


輝は俺が死んだら人工呼吸器を外され共に逝く予定だ。


結局リアルで約束は何ひとつ果たせなかった。

視界がぼやけ眠くなってくる。

横にいる輝はいつまでも端正で綺麗なままだった。


もしあの世があって共にまたゲームで相棒になれて共に写真を撮る事のが出来るのならば。


そこでは、そこではきっと約束を果たそうムン。


今日は月が照らされて綺麗な夜だ。

俺らが約束を果たす旅路には相応しい。

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